第389話 魅惑の舞陽に隙はなし




 フォッ……ガッ! キィンッ、ギィンッ!!


『……ナんと』

『まさか……こんナ女一人に俺達二人がかりデ押し切れんダト?』

 ヒュクロの側近であるユーヴァとジムカファは、驚愕をもって立ちはだかる相手を観察した。


 シャルーアと呼ばれた小娘によく似た容姿ながら、やや年齢が上に見える―――姉妹かと思えるだけの差が、その外観からうかがえる。

 だが、姉っぽい見た目に反してこちらの方が、どこか幼く感じられた。


 そして、いかに姉妹程度には容姿に差があるとはいっても、やはり大人の女性には足りていない、十分に小娘と罵ることのできる域にとどまっている。


 だがその強さたるや、見た目からはとても信じられないレベルだった。





「ふう、さすが二人で協力する相手は一味違います」

 見たことのある、重量級の大振りシミターを地面に突き立て、一息つく小娘。

 その武器の元の持ち主アルハシムを知っているだけに、ユーヴァとジムカファに最初から油断はなかった。

 だがヒュクロに加勢せんとしても、完璧にこの娘に阻まれてしまう。


『(俺達の連携をこうモ完璧に防グ……)』

『(コちとら、一朝一夕のコンビじゃナイんダがナ……世界は広イッテか?)』

 ユーヴァとジムカファは、魔物化する以前より長年タッグを組んでいた実力派の犯罪者だった。

 特にその息のあった2人の連携力は隙がなく、追手の警邏や正規軍でさえ手を焼いたほどだ。


 にも関わらず、小娘一人に完封されるなど、プライドが刺激される。


『ヤるナ、小娘……』『マずは、お前を倒す必要がアリそうダ』

「望むところですっ、かかさまの戦いを邪魔させません!」




  ・

  ・

  ・


 エルアトゥフが、ヒュクロの側近二人と手下の介入を防いでいる中、シャルーアはヒュクロ相手に舞い、刀を振るわせ続けていた。


 フシュッ、フォンッ……ヒュッ、ブオアッ!


『クッ……まさかこんなにも戦える力を持っていたとは』

 何よりヒュクロは、最初に掠った斬撃のダメージに、強い恐怖心を喚起させられてしまった。

 シャルーアと間合いを詰め辛く、どうしても攻め気に欠けてしまう。


『(掠っただけでこのダメージ……もしまともに1撃でも受けてしまったら、甚大な負傷となりましょう)』

 パワーでは確実にはるか勝っていると自信をもって言える。なのでダメージ覚悟で力でねじふせる事は容易いはずだ。


 しかし、あまりにも不可解なダメージを最初に受けたせいで、もしまともに斬られたなら、そのダメージは一体どれほどの影響を自分に及ぼすのかはかり知れない。


 ヒュクロにとっての現状は、まだ野望の途上であり、ダメージ覚悟で戦うような決戦の時ではない。

 なので今後に響くような負傷は受け入れがたく、シャルーアから放たれる刃の軌跡に対し、慎重にならざるをえなかった。


「…………」

 シャルーアは無言のまま舞い続ける。

 流麗さと速度が上がり、一定時間あたりに繰り出される攻撃の手数も増加していく。

 斬撃の頂点で強く輝く刃のおかげで、まるで無数の炎の刃が自律して彼女の周囲を飛翔しながら回っているかのよう。


 以前見た時よりも長く伸びた髪、同じく少しボリュームが増したのではないかと思える女性特有の胸部きょうぶ臀部でんぶのラインが、舞いに合わせて揺れ暴れ、それすらも舞い一部として成立しているかのよう。


 完璧な剣舞―――見た事のない舞い方ではあるが、その神秘性と美しさは、これが宴席であれば素直に賞賛の拍手喝采を送りたいとすら思えた。



 ブオッ!


 ヒュクロが隙だと思えるところで攻撃の手を伸ばす。


 その速度は、並みの人間では捉えることも難しいほどだ。シャルーアの刀の軌跡の隙間を、確実に穿ったと思える爪を伸ばした鋭い右手の突き。

 だが―――


「…! ……」


 クン


『うぬっ……このタイミングでも通りませんか……っ』

 ヒュクロの右腕は、伸びきることなく引きさがった。

 刀の軌跡が途中、ありえない軌道の変え方をしてくる。

 寸前のところで引いたはずのヒュクロの右手にビッと小さな切り傷が走った。


「……、ここ……っ」


 ビュヴホォッ


 そうこうしているうちに、ヒュクロに向かって明らかな攻めの1撃が飛んできた。


『! ぬぐうっ!』

 ドリュリュルッ!! ……ズガッ!!


 ヒュクロは、右肩と左肩から新しい腕を生やし、その刃を受け止める。

 急ごしらえで生やした腕ながら、木の根に比肩する硬さと切り難さはあるそれに、シャルーアの高熱を放つ刃が食い込んだ。


『今度こそ隙ありですよ!!』

 ヒュクロ本来の両腕がシャルーアを掴まんと伸びる。

 生やした腕が受けるダメージが伝わってきて、かなりの苦痛を感じるが、ここは我慢時と歯を食いしばった。


 ―――舞うことによって脅威となるならば、舞わせなければいい。


 シャルーアの身を掴み、同時に腕でも足でもどこでもいいから一瞬で砕く。

 そうすればこの戦いはこちらの勝ち……ヒュクロの伸ばす手は危険に満ちている。



「……。……っ! ……んしょっ、……っと」

 トンっと砂を片脚で蹴り、刃が食い込んだヒュクロの腕を軸にしてシャルーアが空を舞う。

 当然、ヒュクロの伸ばした両手は、あと一歩のところで彼女の身を逃し、その頭上を飛んで、後方へと回られる。


 しかも回転の力で食い込んだ刀が外れ、刃は再び自由になった。


 ザッ……シュヴァアッ


 それは、今のシャルーアに出来る最小の硬直時間と最速の回転斬撃による、剣閃だった。




 後方に回ったシャルーアが、振り返りつつ放った刃は―――


 ズヴァシュウッ!!!


『うぐふぅっ!? く、ぐ……バカな……っ』

 ヒュクロの背中を横一文字に斬った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る