第390話 陽光をその手で掴むことはできない
シャルーアの戦闘ぶりは、確実にヒュクロを上回っていた。
『おの……れっ』
背中に生じた強烈な苦痛を
だが、それらは空をきった。
「………」
シャルーアは変わらず、流れるような舞いの動きを続けている。ヒュクロの反撃にも、何ら特別な動きをすることなく、リンボーダンスのように上体が地面につくかと思うほど低い位置まで反らせて回避。
その、後方へと身体を反らせる動きに連動させて、刀を持つ腕をあげ、やはり流れるように斬り上げ、今度は振り向いたばかりのヒュクロの片胸を、切っ先で擦り上げるように切った。
『ギッ―――……ぃ、いい!』
一瞬、ヒュクロの理性が飛びかける。
捉えられない苛立ち、捉えさえすれば1撃で殺せるはずという焦り、そしてこんな小娘に翻弄される情けなさ。
魔物の凶暴な本能がヒュクロの平静さを奪おうとしてくる。
『グォオオッ!』
メキ……メキキッ
「! ……っ」
ヒュクロの左足の爪が伸びて巻き、鋭い針のようになったかと思うと、そのままシャルーアに向けて蹴り上がってくる。
しかしシャルーアは、反っていた態勢から下半身をあげ、後転の動きでその蹴りを回避。同時に立ってヒュクロに正対する態勢へと戻った。
『(……クッ、落ち着け、落ち着くのです私っ。こんな素人の小娘1人に荒立つ必要などないはずっ)』
これまでの戦闘で、力に物言わせた攻撃が通じないことはよく理解できた。それならば、1撃さえ入れば簡単に済む、という考え方を変え、パワーに頼った戦い方を止めればいいだけ。
『フー……ハーァ……。……では、次はこうしてみましょうかっ?!』
傷ついた生やしたばかりの2本の腕を切り落とし、シャルーアに向かって投げつける。
もちろんそんな単調な攻撃に、いまさら当たるはずもなく、ヒラリとかわされ、投げた腕はシャルーアの後方4~5m先の地面に突き刺さった。
2本腕に戻ったヒュクロ、だが今度は砂を蹴り上げる―――ただし、魔物化した強力な脚力による蹴り上げだ。砂の波と形容できるほどの量と勢いで砂は舞い上がり、シャルーアに襲い掛かった。
「……」
しかしこれも、クルッとターンがてらの一閃で難なく切り払われる。ある程度は砂がその褐色の肌に打ち付けはしたものの、攻撃と呼べるほどのものにはならなかった。
しかし……
「ぁ―――」
これまで無言で舞っていたシャルーアが、はじめて思わず声をもらす。
一瞬、砂の波に遮られたほんの刹那の視界不良。ヒュクロはその隙を突いて、本命の攻撃を繰り出していた。
『どうです、これはかわせないでしょう!?』
鋭い爪。それも無数。
ヒュクロが飛ばしたソレらは、位置も角度もバラバラだ。しかし確実に全てがシャルーアに突き刺さらんとする軌道で向かってくる。
小細工的な攻撃ではあるが無数の飛び道具による攻撃は、あくまで接近戦の武器しか持たないシャルーアに対し、安全な間合いを維持したまま行える有効な手。
『(そう、相手はたいして鍛えているわけでもない小娘……簡単に傷つく。小手先の技で十分なのですよ、そもそもがね!)』
事実、もしその無数の爪がいくつかでも刺されば、シャルーアには大きなダメージとなるだろう。
最近こそ日課として筋トレを少々やってはいるが、その量は一般人の健康維持レベル。練習し、舞いによって刀を取り回すことが出来ているとはいえ、その筋力はいまだまともに刀を持ち上げ、構えることも大変なほど弱い。
その身は、筋肉による頑強な耐久力など皆無であり、お嬢様育ちの柔肌のまま……
シャルーア自身は、大の大人が軽い擦り傷を負う程度の攻撃にすら、大きな傷を受けるか弱い少女のままである。
ただし……
「……、ふっ……ぅっん!」
それには、特別な力をその身に宿していなかったのであれば、という
ブォオオッ……ァアアッ!!
『う……っ……つ!?』
炎ではない、炎になるには足りない域の高熱が、彼女の足が踏みしめたところから吹き上がり、回転のステップでそれは激しい気流となって上昇。
飛来した爪の先端が身体に触れる直前で、シャルーアに向かう運動エネルギーは上へと飛ばされる力にかき消され、同時に高熱にさらされて炎を上げたかと思えば、灰となって消える。
しかも直後、その竜巻のようにうねり生じた熱柱は、ヒュクロの方向に向かって走りはじめ―――
『うおおおっ!? 何なのですか、この熱はぁアアァあぁアアアア!?!!?』
砂の波のお返しとばかりに、シャルーアが放った熱柱がヒュクロの身を飲み込んだ。
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