第375話 圧倒的なる姉妹




 リュッグ達、南門付近の戦況に変調が出始めたその頃―――


「ぐっ……ぅう、……はぁはぁ、はぁ……」

「もう少し辛抱してくだせぇ、アワバさん。さいわい、キレーに斬られてますんで、上手くすりゃくっつくはずでさぁ」

 メサイヤ一家の下っ端ゴロツキに右腕の切断跡を処置してもらうアワバ。

 その様子を、合流したアンシージャムンとエルアトゥフが、興味深そうにのぞき込んでいた。




「へー、そんな風に傷を布で覆うんだー……ふぅーん?」

 狩りの腕前に長けたアンシージャムンは、獲物を傷つけることこそ得意でも、傷の応急処置などに関しては素人。

 なので部位切断という重傷の手当自体が新鮮に感じられた。


「斬られた腕の方にも……、こういうのって、くっつけられるものなんですか?」

 エルアトゥフも切り離された体の一部が、元通りになるのか不思議そうにたずねる。


 そもそも彼女たちタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人は途方もない強者だ。

 これまで怪我らしい怪我を負うこと自体、彼女らには経験がない。


 しかしながらタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人としての向学心と好奇心の高さという特徴が今もしっかりと息づいており、有用無用に関係なく、見ず知らずの知識や技術には高い関心と興味を寄せてくる。



「傷口の状態にもよりやすがね。綺麗に切断されてるほど、キッチリと傷口を処置して固定してりゃあ、そのうちくっつくんですよ。もちろんそれは、ちゃんとした医者でなきゃあ、上手いことやるのは難しいんですがね」

 下っ端はメサイヤ一家でも医療ごとに詳しい一人で、名をパームイルと言った。


 10代の頃に医者の見習いだったものの、お偉いお医者サマの治療ミスを押し付けられ、罪に問われて罪人にされたという経緯を持った冤罪者である。

 なので正規の医者ではないものの、40代の今まで裏社会で闇医者として腕を磨き、メサイヤに拾われてからは一家の死亡率を著しく低下させる事に貢献してきた。


 下っ端扱いではあるものの、それは腕っぷしがなく戦力にならないからであって、その確かな技術と知識と経験から、メサイヤ一家の中でもかなり特殊なポジションにある人物であった。




「パームイル。重傷者の手当ては任せる。あまり長居はせぬ方がいいゆえ、軽傷者はこちらでどうにかしよう」

「へい、任せてくだせぇ、親分」

 戦闘跡、メサイヤの手下たちも何人か死体と化した者がいる中、重傷なれど生存した者達の手当てと搬送準備に手間取り、メサイヤ達はまだ、エル・ゲジャレーヴァ内から撤収できずにいた。


「更なる襲撃はないと思いたいが、この西の端からでは全体の状況は把握できん。南北の戦況がこちらに有利な状態にあれば、我らの方にさらなる戦力を送りつけて来る事はないだろうが……」

 辺りを警戒しつつメサイヤは今一度、アルハシムの死骸をうかがった。


「(敵陣営でも個体として強者なれば、長々と帰還せぬことを訝しく思い、増援を送り込んでくる事は十分考えられるからな)」

 辺りはまだ自分達が仕掛けた煙が立ち込め、視界状況をある程度妨げている。なので増援を出したとしても、すぐにここにやっては来れないだろう。


 だが、以前として危険な状況に変わりはない。


 怪我人という守るべき者を多く抱えた今、メサイヤ達の集団としての戦闘力が低下してしまう事実を踏まえ、なるべく早く撤退すべきなのだ。


  ・


  ・


  ・


 20分後


「! アンシー……」「うん、気付いてる。近づいてるね」

 明らかにエルアトゥフとアンシージャムンの表情が変わった。


「敵か?」

「この気配はタブンね。数は……7~8ってとこかな」

 アンシージャムンの感じ取った頭数が正確なら、増援とは言い難い数だ。

「西側の様子を見にきたか、あるいはアルハシムらの戦況を確認しに来たか……」

 メサイヤは息を殺すように声を抑えつつ、二人が視線を向ける方向を注視した。

 自分もそれなりに気配を探れる自信はあるが、まだ彼のアンテナには何も感じない。


「やっちゃう?」「簡単に済むと思います」

 頼もしいタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は、まるで危機感なくそう言ってくる。

 だが、メサイヤは少し引っかかるものを覚えていた。


「7~8……か。1体か2体、生け捕りにする―――できるか?」

 問われた少女らは、一度顔を見合わせる。

 そして、再びメサイヤに視線を戻すと、余裕とばかりに頷いた。





 そして二人が勢いよく発進し、いまだ薄煙に包まれている中で、両者はぶつかった。


 ドシュッ!!!


『グハッ!!』


 ズバッ!


『ガッ……―――』


 ゴシャァッ!


『げヴッ?!』



 メサイヤ達から離れること400m弱。崩壊し、瓦礫が多く散乱する中で比較的開けた、元は大通りの十字路であっただろう場所。

 魔物化した元囚人―――フェブラー達は、その2つの小さな影の突然の奇襲に、次々と絶命させられ始める。


『な、ナンだ!?』

『敵? ソれともヒュクロのヤローの追手・・カ?!』

『落ち着ケ! 互イに背を守り合ウんダ!』

 フェブラー達は、ヒュクロの手下にあってもなお冷静沈着な数少ない者達だった。だからこそ、もうこれ以上ヒュクロに従ってはいられないと見切りをつけ、逃げ出す途中であった。


『(こんナことナラ、もっト早く離れルべきダッタ)』

 敵の正体はよくわからないが、奇襲とはいえたった2体で魔物化した身体を持つ自分達8人を、短時間で次々と殺していく手練れ―――フェブラーは死を覚悟する。



 ……が、不意に2つのうち、1つの影の動きが止まった。


「アンシー、止まって。残り2人になったけど、どう捕まえよう?」

 するともう片方の影も、ビタッと動きを止めた。


「あれ、もう~? 余裕っていっても手応えは欲しかったな~」

 そう話し合いつつ、2つの影は一旦集まってフェブラー達に近づいてくる。距離が詰まったことで、ようやくその姿が見えた時、彼らは愕然とした。


 戦闘能力などなさそうな、美少女が2人―――何なら性欲を大いにそそられるような、女達だ。


『な……ナ……ァ?!』

 フェブラーと共に生き残った1体が、ワナワナと震え出す。


『ふ、フザケるナァーーーッ!!!』

『! よせ、ヤめろ!!』

 制止もむなしく、激昂して2人の少女に襲い掛かる。しかし、次の瞬間―――



 ズババッ!



『ハ? ……―――~~ッッ、お、オレ、オレの手足……ガッァァアア!?!』


「あれ、1体ヤっちゃうのエルア?」

「ううん。ほら、さっき見てたでしょアンシー? 手足は綺麗に切り離したら、またくっつくって。だからこれくらいなら死なないかな、って思ったの」

 しかも、敵の手足を一息で切り離したエルアトゥフが振るったシミターは、アルハシムが使っていたモノ。

 それを目にしたフェブラーは、あのアルハシムすら敗れたのだと悟る。



『……何者かは知らネェが、降参ダ。命だけは助けテくれ』

 そして気づけばフェブラーは、無意識のうちに両手をあげ、その口からは投降の言葉を吐き出していた。



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