第374話 たかが石ころ、されど石ころ
ヒュクロの手下の一人、ムゴマハはしかめっ
『適当に打テ、味方を気遣ウ必要はナイ。とにかク、打ち込メばイイ』
『ヘーイ』『あいヨ』『わかっテらー』
隊とは名ばかりだ。
適当なハンドメイドの弓に矢になりそうな棒、そしてそこらの瓦礫の石を棒の先につけただけの矢じり……
武器としての弓矢にはほど遠いそれらを、僅か10人ぽっちで遠距離射撃を行っている。
投擲のような放物線軌道―――とにかく敵が南門に築いた陣地に打ち込めればいいという感じだ。
『(まさカ、これデ陣地を崩そウだナンてワケじゃアないダろうナ??)』
楽できるのはいい。安全圏から簡単なことをするだけで済むのは大歓迎だ。
しかしムゴマハは、こんな事に何の意味があるんだと、納得できないでいた。
ゴッ、ガッ、ドスッ
距離があるので遠目にしか分からないが、たまに攻め込んでいる仲間の身体に当たっているモノもある。
もちろん魔物化した身体に、石がぶつかる程度ではダメージなどありはしない。
だが、当てられた側は気分の良いものじゃないだろう。仲間から攻撃されてるようなものなのだから。
『ガッチリ組まれタ石壁、外壁の繋がりを断ち切っタ場所も整え固められテいル…… 木の柵も石がぶつかっタ程度では傾きすラしナイ……ワケがわからン』
石をぶつけたところで拠点そのものにダメージが入るわけでもない。
もっと質量と速度があるならまだ分からないでもないが、弓矢もどきで放てる程度でそんな戦果は一切見込めない自分達の行動に、ムゴマハだけでなくその指揮下で弓を引く手下たちもまったく気合いがのらない。
『せいぜい戦イにくクする嫌がらセくらイの―――』
そこでハッとする。
ムゴマハは思わずエル・ゲジャレーヴァの中を見た。目の前ではなく、全体を眺めるように。
『……そうカ、そうイう狙いナのか!?』
ムゴマハがその意図を理解した直後から、放たれる矢に変化が少しの生じる。そしてそれは、相手側であるリュッグも察していた。
「矢の飛んでき方が変わった……? これは……」
不思議なもので、武器というのは使い手の意思が反映される。飛来する石包みの矢にもそのわずかな飛来の仕方の違いから、射手の意思に何かしらの変化が生じたことがくみ取れた。
「(これまではダラダラと、とにかく打ち込んどけばいいとでもいうような、狙いも意欲もない射撃だったが、今は明らかに―――こちらの拠点の中、あるいは手前を狙っている?)」
リュッグと一部のグラヴァース軍兵士は、攻め寄せてきている100程度の敵に対応する者を除いて拠点内に多くが配置している。
なので一見すると内部に攻撃を仕掛け、兵力に打撃を与えようと考えたように見えるその変化。
「どうやら拠点の破壊は諦め、明確に人を狙う方向に敵はシフトしたようですな、リュッグ殿!」
飛んでくる矢を弾きながらシルバムも、拠点から人へと狙いを変えたという解釈で、石包みの矢による攻撃の意を判断していた。
しかし……
「いや、おそらくは違う。もし人を狙うのなら、もっと精度が高いはずだ。こちらの人間を狙撃というよりは、打ち込む範囲を拠点の内部および手前に絞ったように思える!」
相変わらず小雨なれど、打ち込んでくる範囲が狭まったことで、それなりに矢の密度は高まる。
リュッグも目の前に飛んできた矢を鞘におさめたままの剣で弾き飛ばしながら、敵の考えていることを探り続ける。
「(……打ち込む……それ自体に意味があるのか? だとすると―――)」
リュッグはハッとした。
そして周囲を慌ただしく伺う。といってもその視線は低く、陣内の地面上を確認するように動いていた。
……弓矢は、遠距離攻撃武器だ。その主な標的は確かに敵兵になる。
だが、古今においてその歴史上、火矢に代表されるように直接敵兵の命を
『フフフ……瓦礫を利用し、侵入しては好き放題暴れてくれたようですが、今度はこちらが瓦礫を利用する番です』
ヒュクロが石包みの矢を撃たせた意味。それは、瓦礫の雨を戦闘域となる南門周辺に降らせる事にあった。
液体である水は地に染みこむだけだが、石や矢はその場に残り続ける。
ワァァアーーー!!
ヒュクロは、およそ200の戦力を追加で南門に投じた。
魔物化した元囚人、合わせて300という数は、いかに拠点を固めていようとただの人間であるグラヴァース軍兵士には受け止めるにはズシリと重い。
だがまだ受け止める事は出来た。拠点の防衛力を
しかし……
ガッ……
「っ!? しまっ―――」
ドシュウッ!
ぐらっ
「くっ、態勢が――――」
ドブッ!
ブンッ、ビュッ、ヒュンッ
「くそ、足元が……上手く力がのらんっ」
兵士達はつまづき、崩れ、精細を欠く。一方で魔物化した強靭かつ異質な肉体を持つヒュクロの手下たちは多少の足場の乱れなどモロともしない。
ただでさえ個々の能力差が大きい中、地面に巻き散らかされた、何て事のないはずの石矢の影響は、顕著に戦闘の結果へと反映されはじめていた。
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