第376話 将器を纏いつつある風




 ムカウーファの町を出立したルイファーン一行は、およそ40kmの道のりを3日かけて進んだ。

 その道中はやはり、増加した野の魔物との頻繁な遭遇と戦闘に見舞われ、容易くない街道の移動に、多少なりとも犠牲も出した。


 だが、およそ300余名はその戦力を損なうことなく保ち、エル・ゲジャレーヴァ近郊域へと到達した。




「……見えましたわね、アレがエル・ゲジャレーヴァで間違いないですわ」

 肉眼ではまだ視認できないエル・ゲジャレーヴァの外壁を、望遠鏡越しに見ながらルイファーンは、ようやくここまで来たと小さく一呼吸ついた。


「お嬢様、偵察に出した者が帰ってきました。やはり現在も戦闘は続いているようです」

「そう……戦況はどのような感じかしら?」


「エル・ゲジャレーヴァ南北の門付近にグラヴァース軍が取り付いているようです。攻勢に転じているようですから、一応はグラヴァース軍が優勢な状況にあるのかと」

 ハヌラトムの分析を踏まえた報告を聞き、ルイファーンは覗き込んでいた望遠鏡を下げ、軽く考え始める。


 戦闘が済んでいないのであれば、この300の戦力も引き連れてきた甲斐があるというもの。

 しかし、詳細な敵味方の状態が分からないので、ここからエル・ゲジャレーヴァへとどう近づいていくべきかを判断しかねた。



「……グラヴァース軍の本隊は南北のどっちなのかしら?」

「北に展開している方にグラヴァース殿の姿があったそうですが、居住陣地は構築されておらず、あくまで攻勢態勢のようです。奥方の姿が見えないので、あるいは本陣は南側に置いている可能性が高いかと」

 つまりは良く分からないということだ。


「でしたらグラヴァースさんに直接聞きましょう。わたくしたちの動きはそれから決めるのでも十分でしょう?」

「は。連携は大事ですし、向こうも急に正体不明の集団が現れましたなら、驚いてしまうでしょうからな、使いを出しましょう」


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 エル・ゲジャレーヴァ北門付近、グラヴァースの陣。


「マサウラームより300のエスナ軍?」

 突如現れた使者に驚きつつも、まさかの援軍登場にグラヴァースの気持ちは少し軽くなった。


「はい、我が主ルイファーン様以下300、この北東にて現在待機しておりますれば、こちらの戦況に応じて合流、参戦致したしとの事でございます。つきましては詳しい状況のほど、お教えいただきたく……と」


「なるほど、それは願ってもない。では詳しい者をそちらに遣わすことにしよう。あまりゆるりと語っていられるほど状況は緩慢ではないゆえ、失礼かとは思うが……」

 実際、グラヴァースが使者と対面している最中も、北門攻略のための戦闘音や兵たちの猛る声がこだましている。


「そうだ、南の友軍が少し食い込んでいてな。そちらが現在いま、拠点を固めているはずだ。もしも弾火薬の類を多くお持ちであれば、そちらにいくらか融通してはもらえないかと、伝えていただけないだろうか?」

「かしこまりました、ルイファーン様にお伝えいたします」

 ルイファーンはグラヴァースも何度か会っている人物だけに、この突然の援軍は本当にありがたい。


 特に東に張っていた本陣が廃棄されてからは、南側との連絡が細っていたので、弾薬がつき、銃兵が無力になった以降は、新しい連絡が来ていない。


 リュッグらも南陣に合流し、南門内側に橋頭堡きょうとうほを築き、拠点化する事にも成功したとあったので、順調に攻め込めていると思いたいが、完全勝利の時まで、まだまだ油断できない状況にあった。



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「―――と、敵味方の現在の配置は、おおむねこのようになっております。西側から入っていきました潜入部隊については現在、どうなっているかは把握できておりません」

 グラヴァース軍から出向してきた状況に詳しい兵士が図面上にコマを置き、あれこれ説明を行う。


 ルイファーンはもちろん、ハヌラトムを始めとした300の兵士を切り盛りする部隊長クラスら数名がその説明に聞き入っていた。


「? このエル・ゲジャレーヴァ東門付近のコマは?」

「敵の首魁しゅかいであるヒュクロが現在、陣取っていると思われる場所です。敵は基本、そこに集中しており、状況に合わせて南北の門付近へと兵を割き当て、攻撃させているようでして」

 つまり事実上、グラヴァース軍はヒュクロを上下から挟み撃ちにしている状態ということだ。

 ハヌラトムと部隊長たちは表情をほころばせる。思っていたよりかは味方が優勢のようで、安堵感すら覚えた者もいた。


「……」

 しかし、ルイファーンだけは少し表情が固かった。




「南軍は、名目上ではありますがシャルーア様が長として率いております。タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人なる強力な者たちが彼女を慕っておりますゆえ、その力を借りるにあたりこちらは名誉を……という感じのようですが」


「シャルーアさんがおられるという事は、リュッグ殿もそちらに?」

 ある程度は察しはついていたが、確認の意味も込めて尋ねるハヌラトム。

 シャルーアが軍の采配を振るえるような人物でない事は知っているので、リュッグかそれに類する実質的な指揮をとっている者がいるのは確実だった。


「ええ、当初はこの……東にありました我が軍の本陣に配置されておりましたが、敵を引き付けた後に本陣を放棄し、南軍と合流した形です」

「だそうです、お嬢様。リュッグ殿が南軍にいらっしゃるのであれば我々もまずはそちらに―――」

 しかしリュッグLOVEなはずのルイファーンは、意外にもハヌラトムの提案に対して首を横に振った。


「いいえ、わたくし達はその、東の本陣跡へと参りましょう。そして、そこを固めるべきですわ」

 そうしなければならないという確信。



 ハヌラトムらがわいのわいのと話ている間も、じっとコマの乗った図面を注視し続けていたルイファーンには、自分達の行うべき事がにわかに見えてきていた。




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