第373話 鬼の目となる魔馬乗りの少女
――――――数日前、エル・ゲジャレーヴァを
「……フーン、なるほどー。ウワサは聞いてたっスが、思いのほかトンでもない事になってるっスねぇ~」
砂漠の迷彩柄を施してある短パンにキャップ帽子。そしてハイニーソックスとTシャツ1枚という、この危険なご時世にあってあまりにも軽装。
双眼鏡を覗き込んで遠方からエル・ゲジャレーヴァの様子を眺めているのは、気軽なヒッチハイクの旅でもしてるのかというような装いの少女だった。
「 “ 魔物化の手引きをしたから、その後どうなったか現地に行って様子を見て来い ” って
潜入する方法ならいくらでもあるが、潜入した後が問題だ。
何せ両陣営とも自分とは一切面識がない。どう理由付けしたところで怪しい人物この上ない。
「(せめてヒュクロとかいうヤツに話通しておいてくれたら楽だったんっスけど……仕掛けるだけ仕掛けて後は基本放置っスからねぇ、旦那はいつも)」
しかも何か依頼してきてもだいたいはこっちに丸投げだから溜まったもんじゃない。そう呟きながら少女は、とても深いため息を吐いた。
「……とりあえず、どっちでもいいから接触してー……少しでも多く情報持ち帰らないと金くれないっスからねぇ、うーん……軍側の下っ端兵士にでも
すると少女の後ろ、ちょうど影の部分の地面がせり上がる。
真っ黒い砂がザバザバと零れ落ちて、砂漠の砂の色に戻っていき、その砂が落ち切った中から現れたのは、2本の角を生やした真っ黒い身体の魔馬、バイコーンだった。
『ブルルル……ッ』
少女の後ろから首を伸ばし、彼女に頬ずりするように頭を動かす。
だが、仕草はやや乱暴だ。まるで抗議でもするかのようだった。
「おっとと、なんスかバイ君、もしかしてヤキモチっスかー? 心配しなくてもバイ君を捨てるとかじゃないっスからー。っていうか、今までだって散々色んなとこで色んなヤツとヤってるの、バイ君も知ってるっスよねー?」
『ブフーッ』
それとこれとは別っ、と言いたげに鼻息を吹く。
少女のくせっ毛だらけの赤茶髪がブワッと乱れた。
「これも仕事なんスからー、ワガママ言わないでくださいっスよー……。ちゃんとやらないとバイ君の御主人様にアタシが怒られるんスからー」
そう言うと、ピタッと動きを止めるバイコーン。
そしてすごすごと頭を引いて、納得はいかないけどもと言いたげながら大人しくなった。
「まったくもー、ホントにバイ君はアタシのことが好きっスねー。まー、だからこそオーヴュルメスはこーして今も生きてるわけっスから、バイ君さまさまなんでイイんスけども……」
少女は名を、オーヴュルメスと言った。
……10年以上前、異形の者によって皆殺しにされた村で、たった一人生き残った少女であり、異形の者が引き連れていた魔物の1匹であった、このバイコーンに気に入られた事で命拾いしたという経緯を持つ正真正銘、純粋な人間の少女だ。
当時12歳だったオーヴュルメスは、バイコーンとペアという形で異形の者の仲間となり、生きながらえるために彼らに忠誠を誓った。
バイコーンは主人である異形の者達の命令に従って少女を守り、監視し、時に愛でる。
オーヴュルメスはそんな相棒と共に主人たる異形の者達の命に従って、彼らの下で長年働いていた。
彼女自身は歳の割には小柄でか弱いただの女だが、バイコーンという単騎で超強力な戦闘力を有する仲間がいるおかげで、何もない広大な砂漠を舐めプで行動できるし、本当に純粋な人間であるからこそ、人の社会で自在に行動できる。
そしてその身は途方もない色果の実をこれでもかと携えており、それを武器に異性を魅了することで多くの利益や情報を得ては、主人たちに貢献してきた。
人類を裏切っている、という感覚はあるにはある。しかし、自分自身の生命と天秤にかけた時、残念ながら傾くのは種全体の未来ではなく、己の命である。
そもそもオーヴュルメスは、生まれ故郷の村で手ひどくイジメられ、同じ人間相手にはそれほど良い印象を抱けない過去を持っている。
異形異質といえど、自分の命を保障してくれる者に従うことに抵抗感はない。
「んじゃまー、他に手もないことだし、やっぱ色攻めでいくっスかねー。イザって時は助けてくださいっスよバイ君―――よーするにいつも通りっス」
『ブルルッ』
しょーがないなと渋々承諾するようにたてがみを左右に振るわせるバイコーン。
それを確認した上でオーヴュルメスは、慎重にエル・ゲジャレーヴァへと近づいていった。
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そして現在、エル・ゲジャレーヴァ内にて一部の囚人達がいつもたむろしている場所にて、彼女は自分の衣服を着直していた。
「ふー、やっぱ粗暴な連中はダメっスねー。口が軽いんで楽なのはいいっスが全然こっちのこと気遣わないから、ハードっス……バイ君もご苦労さまっスよー」
『ブッフー』
このくらい楽勝だ、と言わんばかりに鼻息を吹きかける。まるでドライヤーのように生ぬるい温風を強烈に吹きつけ、オーヴュルメスの身体の液体分を飛ばして乾かした。
「まー、さすが魔物化してるだけあって、アレはどいつも相当なモンっスけど、バイ君には遠く及ばなかったっスね。ヒュクロとかいう親玉はもう少しマシなんスかねぇ?」
『ブルル』
「いや、もうヤらないっスから。情報は十分……心配無用っスよバイ君。にしても、血の匂いがキツいっスねー。ちょっと死臭もしてきたっスから、ささっと移動した方が良さそうっス」
魔物化した元囚人たちが、50人は殺害されて死屍累々とそのむごたらしい死体を晒している。
すべてバイコーンがたった1体で殺したものだ。
それを見て、オーヴュルメスは改めてバイ君が仲間で良かったと思う。そして同時に、旦那たちご主人様らに忠誠を尽くして正解だったと感じる。
彼らの気が変われば、人間である自分はいつかは殺される時がくるかもしれないが、先の事を怖れたとて意味はない。
今、生きていることが全て―――そのためにはなんだってするし、なんだってできる。
「さーて次は軍の方っスねー。上手く捕らわれていた女を
『ヒヒィン』
何だかんだで素直に言う事を聞いてくれるバイコーンが、自分の影へとその姿を消したのを確認すると、彼女は周囲を伺いながらその場を後にした。
移動先はエル・ゲジャレーヴァの北門。
そろそろ北に布陣しているグラヴァース軍が、門を破りそうなので、破ってきたところを見計らい、入ってきた兵士に駆け寄る―――という算段だ。
保護されれば、軍の方の情報もいくらか手に入るだろうし、安全かつ自然にエル・ゲジャレーヴァから離れることもできる。
ちゃっかりした考え方と行動には自信のあるオーヴュルメスは、ヒュクロの手下たちに見つからないよう、己のベストポジションを探しながらエル・ゲジャレーヴァ内を動き回っていた。
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