第372話 つむじ風は竜巻へと昇華し始めた




 エル・ゲジャレーヴァでの戦闘も佳境を迎えようかという局面に差し掛かるその頃、

 およそ40km離れたムカウーファの町に、ルイファーン一行はいた。




「戻りました、お嬢様」

「ご苦労さまハヌラトム。それで、エル・ゲジャレーヴァの様子は何か分かって?」

 サーナスヴァルからこのムカウーファに至るまでも、道中なかなかの旅だった。


 やはりというべきか、魔物との遭遇率がかなり高まっており、お嬢様身分が旅するにはあまりにも街道の治安が悪化している。

 彼らの馬車の速度であれば3日もかからないはずの距離を、1ヵ月近くかけてしまっている事が、状況の深刻さを物語っていた。



「はい、エル・ゲジャレーヴァはどうやら、都市としては完全に壊滅してしまったようです。そして現在、ヒュクロと申す首魁が魔物と化し、同じく魔物と化しているかの地の元囚人を手下に陣取っており、グラヴァース准将率いる王国の正規軍が、日夜これと戦闘を繰り返していると」


「ヒュクロ……ああ、あの眼鏡をかけた官僚ですわね、確か。それではエル・ゲジャレーヴァの乱は、そのヒュクロとかいう者の謀反、という事かしら?」

「そういう事になるでしょう。残念ながら現在の詳しい戦況などは分かりませんでした」

 ハヌラトムは簡単な地図を取り出して広げ、エル・ゲジャレーヴァ周辺を指でなぞっていく。


「どうやらエル・ゲジャレーヴァ近郊は、下手に近づくとその敵の襲撃を受けるようで、グラヴァース軍に物資をおろした商人が途中で襲われ、隊商を失ったという話が多く聞けました」

 ルイファーンは軽く頷いた。

 軍事には詳しくはないが、相手の補給を断つことは並々ならぬ影響を与えることくらい、想像に容易い。


「あのいやらしそうな眼鏡でしたら、いかにも考えそうなことですわね」

 しかし、そうなると少し困ってしまう。


 ルイファーンは父ジマルディーの死と共にエスナ家を継いだ。その事をキチンと報告や手続きをするためにも王都に向かわなくてはならない。

 (※「第329話 風のお嬢様は覚悟が出来ている」参照)


 時間的な制約はないとはいえ、サーナスヴァルにマサウラームの避難民を受け入れてもらえている今、あまり長く時間がかかっても、後々マサウラーム復興に際して何かと問題が残りかねない。



「グラヴァース軍は健在なのでしょう?」

「ええ、今のところは善戦していると伝え聞いています。兵力でも勝ってはいるようですが、魔物化した敵は相当に手強いらしく、最終的な戦力としては不利を強いられているとも……」

 それを聞いたルイファーンは、自分の胸を持ち上げ支えるように両腕を組み、軽く目を閉じて考えだす。


 エル・ゲジャレーヴァにいる友人たちの安否も気がかりだが、何より王都へ向かう上での通り道だ。

 かといってこれを迂回し、街道から大きく離れた道なき道をいくのも難しい。砂漠や荒れ地の多いこの国では、街道から遠く離れるほど様々な点から進むのが困難になる。


 野に潜む賊徒の類ならばまだしも、お嬢様育ちで馬車や私兵を連れ立っているルイファーンには到底そういった道を行くことはできない。

 そもそもハヌラトム達私兵らも、護衛仕事が主任務なので、そんな砂漠を突っ切るような経験がない―――ルイファーン一行は、博打的な旅程を組むにはいかにも不向きである。



「……エル・ゲジャレーヴァを経由しましょう」

「! お嬢様、しかし……危険ですぞ?」

「分かってますわ。ですので、野営の準備をしっかりと行い、小刻みに近づくのです」

 ルイファーンは、まずは今まで通りに街道に沿って進み、エル・ゲジャレーヴァに近づくにつれ進む速度を落とし、頻繁に警戒と偵察を出しながら慎重に進む方針を打ち出す。


「エル・ゲジャレーヴァの敵の警戒、その最大距離が分かりましたら、その外を回るように最小限の迂回で通り抜けられるかもしれませんでしょう? それに、かの地の戦況のほどがわかりましたら、それに応じて行動する事もできますわ」

 か細く白い指で、スーッと移動ルートを示すルイファーン。


 確かに、今の一行の実力と状況と目的を考えたなら、それが現状で取る事のできる最善だろう。



「……分かりました、お嬢様の方針で参りましょう。では早速準備に―――」

「お待ちなさい。その準備ですがわたくし、少し考えている事がありますの」


  ・


  ・


  ・


 そして、数日後。


「揃いましたわね、では皆さん、参りますわよ!」

 ルイファーンが先頭の馬上にて高らかにそう号令を下す。すると―――


「「「おおー!!」」」

 総勢300人の武装した男達。全員がムカウーファの町で雇用した者だ。


「(ま、まさかこのような事になるとは……)」

 ハヌラトムは正直脱帽だ。

 ルイファーンが並みのお嬢様よりも積極かつ活動的であるのはよく知っている。だが、父ジマルディーの死とエスナ家の家督を継ぐという覚悟も手伝ってか、その行動力と政治力は、既にお嬢様の域を越えていた。


 ルイファーンは、故ジマルディーの息のかかった人間が各地にいる事を知っていた。

 それは当然、このムカウーファの町にもである。そんなツテをしかとたどり、隊商の護衛以上の兵力を確保。

 さらにはジマルディーに借りのある者から多少の資金や物品を供出してもらい、装備や物資を充実させた。ルイファーン自身もいつの間にやらちゃっかりと、ドレスの上に着用できるプロテクタータイプの軽装鎧を装備していた。




「さぁ、目指すはいざ、エル・ゲジャレーヴァ! ですわ!」

  


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る