水差しの中身は風か鬼か

第371話 小競り合いから読み解く戦略




――――――エル・ゲジャレーヴァ南門のグラヴァース軍。



「ここでどうにもならない重傷者はすぐに南の後陣に移送する準備だな。最低限の応急処置も忘れずに通達しておいてくれ、シルバムさん」

「はい、もちろんですリュッグ殿、ご心配なく」

 リュッグが、この南門に築いた橋頭保の代表者たるグラヴァース軍の兵士シルバムと負傷者の扱いに関する打ち合わせを行っていると……


 ワァァァア……


 敵の雑音がこだましはじめた。




「やれやれ、またか。やたらと小刻みに攻め寄せてくるな」

 こちらの橋頭保が完成してからというもの、ヒュクロは小出しに手下をけしかけてくるようになった。


 いくら魔物化し、1体1体が強力とはいえ残りの戦力は2000を切っているはず。

 まだ万を数えていた頃ならばともかく、ここまで頭数が目減りしてしまった今、そんなしつこく攻めさせるのはますます戦力が削られてしまうだけの悪手だ。



「ナー様にもご連絡をいれておきます。ご武運を!」

「ああ、頼むよシルバムさん。……まったく、こちとら一介の傭兵でしかないんだが忙しいことだ」

 シルバムを見送りながら軽く愚痴をつぶやきつつ、リュッグは外壁の上に登った。


 エル・ゲジャレーヴァ南門付近は完全に拠点化が完了しており、小勢どころか今のヒュクロの手下全てを投入したとしても容易たやす陥落かんらくさせられるものではない。


 その拠点の一番高い位置に上がり、攻め寄せてきた敵を確認する。


「……100はいるが、ヨゥイ化しているとはいえやはり少ない。拠点攻撃に適した武器を持っているわけでもなし。解せないな」

 リュッグとて、まだ人間だった頃のヒュクロに会ったことがある。ヒュクロがどういう手合いの人間かはそれなりに理解しているつもりだ。


 しかしどうもその気質や性格から導き出される戦略としては、少数で力押しなどあまりにも不自然だった。



「(これで今日は5度目―――どちらかと言えば智を頼みにするタイプだと思うんだが……さて、狙いはなんだ?)」

 拠点化が完了したおかげでグラヴァース軍の兵だけでも守り切れる橋頭保きょうとうほ

 なのでザーイムンにはシャルーアとムーがいる後方の陣に下がらせている。名目は二人の無事の確認と、ここと後陣の道中の安全確認。


 だが実際はこのところ戦い詰めだったことへの労いだ。いかに心身ともまるで余裕があるとはいえ、その精神性にはまだ子供的なところも垣間見える時もある。

 彼ら、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人は強く、確実に最強の切り札。状況に余裕のある時にはしかとその心身を休めさせるべきだとリュッグは気をつかった。




 その最強の戦力を休めている間に自分がすべきことは……


「(何とかヒュクロの狙いを看破しないとな。潜入組と北の戦況も気になるが現状じゃあ確認のしようがない。まさかやられてしまっている、という事はないとは思うが……)」

 一番考えられるのはその逆だ。

 つまりどの戦場もこちらが優勢で、ヒュクロは各所に戦力を分散して当てなければならない苦しい状況にあるという見方だが、それはいささか楽観すぎる。


 ワァァァア!!

 キンッ、ガァンッ、ドコッ! ガスッ、ドシュッ!


 攻め寄せてきている敵100体を観察し、その戦い方に変わったところはないかをチェック―――特になし。

 今まで攻め寄せて来た時と変わらないが、攻め寄せて来ている敵の顔ぶれには一貫性が見られない。


「(ヨゥイ化している分、あまりハッキリと区別はつけづらいが……同じヤツばかりが攻めてきているわけでもない。ということは俺達に当ててくるヤツとして、決まった担当を置いているわけでもないのか)」

 ということは各所に分散して戦力を当てているという分析は消える。戦力を出すにあたり、いちいち編成を変える意味はないので、普通は決まった戦力をそのまま同じ敵に当て続けるものだ。



「……。ムアマンさん、すまないが50人ほどで門の外……この拠点の後方を巡回警戒する隊を組んでくれないだろうか? まさかとは思うが攻め寄せてきている連中が陽動ではないとは言い切れないんでな」

 ムアマンはグラヴァース軍の兵士で、このエル・ゲジャレーヴァの乱が起こった後に志願した、いわゆる民兵だ。

 直接戦闘ではなかなか役立てないものの、こうした言伝ことづてなどは正確に伝えてくれるため、グラヴァース軍の正規兵達にも覚えがいい。


「わかりました、すぐに伝えてきます!」

 ムアマンが駆け出し、リュッグの傍から離れていく―――とその直後




 ヒュオッ……ゴッ


「! おっと、危ない。これは……石包みの矢?」

 飛来してきたのは矢の先端に石をあてて布で包んで固定した矢だ。矢じりはなく、突き刺さることはないが、石の部分が当たれば相応に痛い上に負傷もする。


 ヒュンッ、ヒュンヒュンッ……ゴ、ガッ、ゴツッ、ガゴッ


 リュッグ達の橋頭保に対して満遍まんべんなく、しかし雨というにはかなり弱い量の矢が飛んでくる。


「少しは面倒だが……遠距離攻撃にしても、有効性はそこまで高くはない……」

 石の衝撃力は軽視できないものの、だからといって鎧を着ている兵士や、しかと作り固めたこの拠点に確かなダメージを与えるほどではない。




 だからこその不気味。


 相手がお頭おつむの足りない指揮官ならともかく、あのヒュクロがこんなチャチな攻撃を??

 リュッグは油断なく敵の動きを警戒し続けた。




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