第360話 煙を纏いし要塞都市の中で




 ゴォオオオッ!

 パンッ、パチチッ! 

 ゴシャァアアッ……ドガラララッ……



『くっそ、煙デよく見えネェ!』

『コッチも崩レてやがルぞ!』

『敵はドコだヨ!? 全然見えネェゾ!?』


 ヒュクロの手下たちは完全に混乱状態にあった。

 命じられて入り込んだ敵の討伐に出向いたはいいものの、あちこちで同時に上がる煙と土煙で視界は最悪。

 何とか進んでも、瓦礫が崩れた行き止まりに当たっては引き返し、後ろからきた仲間と衝突する。


 さらにエル・ゲジャレーヴァの街の広さも手伝って、現場は潜入した敵の討伐どころか、その姿を見つけるのにさえ苦労する有り様だった。



  ・

  ・

  ・


『まだ潜入した敵は見つけられないのですか?』

 ヒュクロは表向き冷静そうだが、明らかに苛立ちが募っている。


 というのも、こういう工作活動をする以上、連動して外壁外の敵も動き出すのは、軍事の素人でも分かる展開だ。

 その内、南と北のグラヴァース軍が攻撃を開始する事は目に見えている。それまでに内側の混乱を収めないと、こちらの被害が拡大してしまう。


『アア、煙で視界が全然ネェ上に、アチコチ建物が崩れテ迷路みタイになっテやがルらしイ。現場連中は大混乱ダゼ』

 フェブラーがどうにもならねぇと両肩をすくめてお手上げだとジェスチャーで示す。

 すると、途端にヒュクロの眉間にシワが寄った。


『仕方ありません、外壁上の者はそのまま外の敵に集中するように厳命を。これはこちらを混乱させる敵の策です、内に気を取られないようにと伝えなさい』

『ヘイヘイ』

 正直フェブラーは、もうこりゃあダメだと思っていた。


 ただでさえ皆、ヒュクロに対する不満が募っていたところだ。敵の侵入を許しての混乱に加え、外には攻勢に出た敵のまとまった戦力が構えている。



 ……確かにまだ、こちらの方が有利なのかもしれない。個体差と拠点の利も理解はできる。


 だがヒュクロは、明らかにそこに過信している。それだけを頼みに、自分達の方が圧倒的有利だとし過ぎている。

 それは、数字やデータだけを見て判断する官僚の悪い方向での思考とも言えるものだ。



『(さテ、どーしたモンかナ……)』

 とりあえず命令通り、方々に指示の連絡は飛ばした。フェブラー自身は、ヒュクロの言う王国乗っ取りには興味はない。いや、おそらくほとんどの者はそうだろう。

 それでもヒュクロについてきたのは、魔物化と監獄から解き放ってくれた恩が、多少なりともあるからだ。


 加えて、これだけ強力な力を得た者が1万もいれば、やりたい放題できるという欲望からくる徒党意識があった。


 実際、エル・ゲジャレーヴァを陥落させた際は、町中の食い物飲み物漁り放題。逃げ遅れた男を、狩りをするように殺し、女は好き放題もてあそべた。

 まさに欲望の限りを尽くせたわけだが、その後はというと、完全に廃墟と化したこのエル・ゲジャレーヴァに留まっての戦争ごっこを続けさせられている。



『(どさくサに紛れテ逃げルにシてもナァ……)』

 自分の姿を見返す。

 何をどう言ったところで誤魔化せない、見事な異形な姿だ。

 こっそりと抜け出したところで、まともに人間社会で生きていけないのは無論、目立つ姿ゆえ、闇に隠れて裏社会で行動するのもままならないだろう。


 人より強靭な体と力を得ても、人の欲を満たす生活が実現できない。


『(くっソォ……魔物化なんザ、止めときゃヨかっタゼ)』







 後悔したところで無意味。

 フェブラーがそんな嘆きを考えている間にも、状況は刻一刻こくいっこくと変わっていく。


『外のヤツらが動きダしタゾ!!』

『迎え討テ! ドーセ負けルこタァな――――』

『ヘヘ、石デも投げてヤれ、オラよォ!』

『バカやっテネェで、真面目に攻撃の用意ヲ―――』

 ワーワーと騒がしい中、度々おかしな声の断絶が混ざる。


 しかしそれに気づく者はいない。戦いの熱が上がり、上がる煙が外壁上にもかかりはじめて、誰もその異変に気付けなかった。



 ……確かにヒュクロの考える通り、グラヴァース軍の取った潜入工作は、内部を乱し、外の軍との連携による効果的な攻勢を狙ったものだ。

 しかしそれは、メインではない。本当のメインは……



 ザシュッ!


『グフッ?? ナ……ん……―――』


 ドブシュッ!


『オご……ッ……―――』



 煙に紛れての暗殺であった。


「うーん、楽すぎる。あんまりにも呆気なさすぎて、ちょっと退屈かも」

 アンシージャムンが敵の身体から引っこ抜いた剣を振るい、付着した血をとばしながら、つまんないとばかりにあくびをついた。



  ・

  ・

  ・


 ザンッ


『ゴッ……―――』


 ドバシュッ!


『おマ……ッ』


 別の場所でも、エルアトゥフが敵の首を次々とねていっていた。


「ふう……メサイヤさん達の方は大丈夫かな……? あ、兵士の皆さん、こちらも終わりました。敵の死体の隠蔽、よろしくお願い致します」

 エルアトゥフとアンシージャムンらが外部対応のための多勢の敵を屠っていき、エル・ゲジャレーヴァ内に対応に来た少数を、煙と瓦礫の迷路に紛れてメサイヤ一家が狩っていく。



 バレれば潜入中の彼らは多大な危険に晒されるが、逆にバレずにある程度実行し続けられれば、敵の絶対数を安全かつ確実に減らせる。


 事実、既にヒュクロ側の魔物化した囚人たちは、立ち込める煙と瓦礫の陰に、その死体を数百と積み上げていた。



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