第359話 内で潜入工作、外で半包囲戦





 リュッグとザーイムンが陣地前で敵とやり合っているその頃、エル・ゲジャレーヴァの西側、かつて宮殿があった瓦礫の山の近くに、彼らの姿はあった。





「……やはりな。敵も数が減った事で、全方位へと気を回すことが出来ないでいる」

 メサイヤが瓦礫の陰から周辺と上下を確認するように視線を回す。


 今まではエル・ゲジャレーヴァを囲う外壁上、東西南北の全方位を警戒するようにいたはずの魔物化した囚人たちが、この西側のあたりには見当たらない。


 グラヴァース軍は現在、リュッグとザーイムンが率いる陣地防衛の3500、北側に回り込んだグラヴァースとルッタハーズィが率いる6000、そして南側に回り込んだシャルーア、ナー、ムシュラフュンが率いる8000といった配置で展開している。



 エル・ゲジャレーヴァの東半分を半包囲している形だが、それを見たヒュクロは、もっとも数が少ない陣地防衛のリュッグとザーイムンの軍にまず手下を差し向けた。


 その意図は単純。削られ、絶対数の減った戦力に対する敵戦力の数減らし―――つまりヒュクロは、まだ持久戦を続ける腹積もりで、長期戦略の観点で采配を取っている。



 そこまでヒュクロの考えを読んだのは、かつての仲間であるアーシェーンとグラヴァースだ。


「いい読みだ。敵の実質戦力は残り5000ほど……加えて相手の将の考える傾向が分かるというのは楽でいい」

 このエル・ゲジャレーヴァは、都市としてはかなり広い。本来は軍事拠点として十全に機能させるためには、最低でも万単位で兵が必要。


 だが、ヒュクロは魔物化した手下たちの個々の身体能力の高さにあぐらをかいて、1万以下の少数でも十分に回せると考えていた。



「いくら1匹1匹が強いといっても、頭数が足りなきゃあ広い場所はカバーしきれやせんしね……では親分、予定どおりに?」

「ああ、仕掛けの指揮は任せるぞ、アワバ。我々は機を見て引っ掻き回す・・・・・・。お前達は仕掛け終わり次第、状況を見つつ独自に撤収しろ、いいな」

 手薄になっているであろう西側からの潜入組は、メサイヤ率いるメサイヤ一家500人と、エルアトゥフにアンシージャムンだ。

 二人ともタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の中では小柄で潜入に向いているという事もあって抜擢。



 特にアンシージャムンは、狩りの名手として気配に敏感だ。ここまでのルートも敵に見つからずに500名が到達できたのも彼女のおかげで、その実力は証明済み。

 潜入後の行動にも期待が持てた。


「おけおけ、部下ちゃん達は確かに預かったからドーンと任せてよ」

 アンシージャムンが50人ほどと一緒にエル・ゲジャレーヴァ内へと駆けていく。一見考えなしに走り出したかのように見えるが、タイミングは完璧で数秒後にはもうどこにいるのかメサイヤ達からでは見えないようになった。


「では、私も行きますね。皆さんもお気をつけてください」

 エルアトゥフが丁寧にゴロツキ達の身を気遣きづかう。やはりシャルーアにとてもよく似ているその器量もあって、言葉を投げかけられたゴロツキ達は一気に顔を緩ませていた。


 そうこうしている内に、エルアトゥフ率いる50人も、エル・ゲジャレーヴァの町中へと消えていく。



 いかに魔物化した囚人たちが大暴れしたとはいえ、これだけ広大な都市ともなれば、隠れ潜める建物やその残骸はとても多く残っており、潜入活動自体はそう難易度は高くない。


 おそらくアンシージャムンとエルアトゥフの小隊は、さほどの苦労もなく活動できるだろう。

 一番難易度が高いのは、メサイヤとアワバがそれぞれ200を率いての戦闘行動だ。


「お嬢様のおかげで、奴らにダメージを容易く通す武器はある。……が、油断はするな。頭数の違いによる有利不利のほど、敵が存分に示してくれたのだ。こちらがその愚を犯すことのないようにな」

 いかに敵の絶対数が減ったとはいえ、潜入するメサイヤ達は全員集めても500人と少しだ。もし敵が、本格的に数で対応してきたら一瞬で消し飛ばされる数でしかない。


 少数の利を活かし、多勢の有利を活かさせない―――アワバとゴロツキ達は、もちろん理解しているとばかりに、力強く頷いた。





――――――エル・ゲジャレーヴァの南側外壁上。


『あー、ナンだってアいつら、攻めテこねェんダァ?』

 魔物化した囚人の1人が、いかにも暇だと言わんばかりに背伸びしながら言う。南側に回り込んだ敵は、それなりに数がいるというのに、500mほど離れた場所で攻城戦を想定した陣形を成したまま、いつまでも動き出そうとはしなかった。


『さーナァ。北と東にも敵がイるって話ダ、そっちのドンパチの結果ヲ待っテるってセンじゃネェの?』

 仲間にそう言われ、なるほどと思う。


 半包囲状態で戦闘を行っている以上、他の戦況は敵味方共に見過ごせない要因だ。他が自軍有利な戦況になってから攻撃を開始するパターンはとてもしっくりきた。


『テェことは、他ンとこデ俺らが勝っタら、アイツらは引き上げルって事かァ』

『じゃネェの? まー、こネェならオレらは楽出来テいいゼ。ドーセ、タダの人間の兵士ダ、こっちが負けルわキャねーンだしヨォ、ハッハッハ』

 南向けにはおよそ1000が配置されている。敵大将であるグラヴァースが指揮する北側に1500、東の敵の陣地への攻勢に2000を出しているので、エル・ゲジャレーヴァ内にはおよそ500の余力しかない。


 ヒュクロの説明によれば、彼らは1体1体が人間の兵10人以上に匹敵する強さがあるので、それが正しければ、それぞれ1万以上の敵に対応可能という事になる。


 しかもこっちは高い外壁を有する拠点で迎え撃つわけだ。南側に8000と、一番多く敵がいようが、まったく怖くない。



 外壁上の魔物化した囚人たちはまるで気楽な様子で、シャルーア達8000の兵士達を眺めていた。




 ―――その時


 ドォオオンッ!! ガガガンッ!

 ボッ……ゴォオオッ!

 パチパチパチパチッ……ガララッ!!


 破壊音に炎上音、木材が燃えて爆ぜる音に、崩れる音……



 囚人たちが何事かと外側から内側に視線を向けると、エル・ゲジャレーヴァ内のあちこちで火の手と煙が上がっていた。



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