第358話 戦間のひと呼吸




 魔物化した元囚人たちは、今度こそ本気で攻め寄せて来た。


 ヒュクロに命じられたからではない。大打撃をこうむり、全体の数が分かりやすく目減りした事で、彼らの中で危機感が生じたからだ。





「ふぅ、ひと当たりが重いな。それに、かなりトリッキーな攻撃もする……なるほど、正規の王国軍が手こずるワケだ」

 直に敵と一戦交えたことで、リュッグは的確に両軍の相性を理解した。


 ザーイムンと共に陣地の真正面に陣取り、真っ向から受け止めた敵は、リュッグ率いる3500の兵士にはズシリと重く響く。


 率いた兵士の数が少なかったとはいえ、それでも2000の敵に対しては頭数で勝っている。

 何人か、シャルーアの力を受けた武器を扱える有望な兵士が新たに配され、さらにザーイムンが遊撃を担ってくれていた。


 決して戦力に見劣りはなかった―――が、それでも結構な負傷者が出た。

 その最大の理由は、魔物化した囚人たちはその変貌した異様な姿からなる肉体に宿した非人間的な能力を有し、幅広い戦術を1体1体が取って来るのに対し、王国の正規軍は、マニュアル的に鍛えられたせいで、汎用性に乏しい対応しかできない事にあった。




「兵士、思った以上に弱い……よく今までコレでやれてきましたね」

 さすがの怪人たるザーイムンも、尻ぬぐいに奔走し続け、疲れたとばかりに両脚を放り出して砂漠の上に座り込む。


 実際、戦闘開始当初は、ザーイムンが遊撃で活躍してくれた事で、なんとかなったという感じだ。


「まぁそう言ってやるな。彼らはああいう戦い方を基本として長年訓練を積んでいるんだ。なかなか身にしみついた戦法を変えることは出来ないからな、仕方ないさ」

 戦闘の後半は、逆にリュッグの指示がいきわたり、兵達の動きが少しはマシになった。


 ……兵士達はあくまで軍という集団戦を基本として戦う。普段は魔物の駆逐などにも出撃するとはいえ、その存在意義としてはやはり、同じ集団たる他国の軍隊を想定しているところがあるが故だ。


 しかし、今回の敵に関してはその軍としての戦い方が、そのままでは通用しない。


「集団で攻め寄せ、接敵後は個々に散開して戦う……1体1体が相手よりも遥かに強いからこそできる戦術とも言えるが、元が罪人だけに無理に連携して戦うよりも伸び伸びとその力を発揮する事ができる―――ザーイ達だってそうだろう? ヘンにそこらの兵士と組んで、常に一緒に協力しながら敵に当たるとなると、窮屈になるんじゃないか?」



「なるほど、そう言われれば納得だ。さすがはリュッグ殿」

 “ リュッグ殿 ” の言い方が、完全にグラヴァースやメサイヤが言う時のソレだ。子供が大人の真似っこをする感じに似ている。


「(見た目は一人前以上でも、中身はまだまだ子供……か)」

 教え甲斐はあるが、何だかむずがゆい。シャルーアの時にも少し感じていたが、若い者に教えを施していると、不意に一気に歳を取った気分になる。


 それを感慨深く感じもすれば、ちょっと寂しくも思えてくるから、何とも不思議だと、リュッグは軽く自嘲した。




「……さて、ザーイ。ここらで一つ、問題だ。とりあえずヨゥイ化した敵2000を、当初の目的通りに受けきり、いなす・・・事が出来たわけだが……この後、いなされた相手はどう出ると思う?」

 するとザーイムンは人差し指を立て、自分の口横に当てて軽く首をひねる。完全に同じではないが、稀にシャルーアがやっていたのを同じ仕草の臭いを感じる。これも親の真似っこの結果だろう。


「(これは……情けない姿は見せられないな、ハハ)」

 ヘンな仕草を真似られても困ると、ちょっとした緊張感を感じながらリュッグが解答を待っていると、ザーイムンは何かに気付いたように、あっ、と小さく声を漏らした。


「もしかして、また・・くるのか?」

 その答えに、リュッグは思わずむ。本当に優秀だ。


「正解。相手がただの人間だったならそうはならない。一度当たって被害を受けながら追い返された時点で、もう一度という戦意は中々沸かないだろう。だが……」

 リュッグが地平線を指さす―――まだ遠目ながら砂煙が立ち始めているのが見えていた。


「今回の敵は、自分達の強さにおごっているところがある。それでいて、真摯しんしに戦いを振り返り、反省しようとしない。ひと当たりして結果が散々だったとしても、“たまたまだ”とか”偶然だ”といった結論を抱いて、根拠のない自信共にやってくる……というわけだ」




「しかし、それは作戦・・から言えば、こっちの好都合になる?」

「ああ、まったくもってしてな。しかも一休み入れられたおかげで、こっちは兵達に先の戦いの反省と、戦い方に矯正を入れる時間ができた……次はもう少し楽でまともな戦闘が期待できるだろう、悪いがもうひと踏ん張り頼むよ、ザーイ」

 

 休み時間は終わりだなとばかりに、リュッグは武器を手に取る。軍用の量産品のシミターだが、その刀身には僅かに金属が炉で熱された後のような輝きが明滅していた。



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