第357話 個の強さと経験深き者の読み




 たった1戦、それも逃げる敵を追いかけていった先での戦闘。それによってヒュクロ側が受けたダメージは、軍としては致命的とも言える損害といえた。


 約8000のうちの3000。


 それが負傷ではなく殲滅―――1人として敵の生存者なしという形で終えたその戦いは、まさにグラヴァース軍にとっては大勝利。

 これまでの長い日々にあって、遅々として苦しい戦いを強いられ続けてきた彼らには、待ち望んだ大戦果であった。




「兵たちは大喜びだ。こちらにも被害はあったが、それを差し引いてもこれほどの戦果をあげられた事は、士気にもいい影響をもたらすだろう」

 そう言うグラヴァースの表情も、どこかにこやかに感じられる。

 まさか一気に、敵の4割近くを削れるとは思ってもいなかっただけに、軍を率いる者としても、気持ちが高揚しているのだろう。


「グラヴァース殿の軍は2万少々、内、十全に戦える者は1万3000ほどだった。魔物化した敵をこれまで10人で1体を相手にしていた事を考えれば、今後の戦いはかなり楽になるだろうな……この後の大きな波を乗り切れば、だが」

 リュッグが意味深にそう結ぶ。

 それは一国の准将たるグラヴァースとてよく理解している流れだ。



「? この後に何かあるのか?」

 ザーイムンが、リュッグとグラヴァースの様子を見て、分からないとばかりに問う。

 いかに強者であろうとまだ若いタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の長男。この辺りの経験や深い知識から編み出す予見という部分においては、まだまだ子供だと感じさせられ、人間の男達は世の中の先輩として、少し朗らかな気持ちになった。


「ザーイ。これまで敵は、自分達が圧倒的に強く、優位にあると考えていたんだ。自分達の方が強く、そしてエル・ゲジャレーヴァという拠点まで持っているというゆるぎない勝利の確信が、敵にはあったのさ」

 リュッグがそう教え説きはじめ、続きをメサイヤが引き継ぐ。


「だがこの度の戦いで、敵は思わぬ大損害を受けた―――これまであった油断は幾分かりをひそめ、敵の軍としての運用のほども、精度をあげてくるだろう」

 さらにグラヴァースがそのバトンを貰う。


「これまでは、少ない兵力しか出してこなかったし、こちらが攻め寄せても基本、エル・ゲジャレーヴァを維持するように迎えうつ形を、相手は取り続けていた。けど、これからは恐らく、向こうからこっちに攻め込んでくる機会も出て来るだろうからね。さしあたり―――」

 そして、グラヴァースが言い切る前に、兵士が一人飛び込んできた。



「も、申し上げます!! 敵襲、敵の夜襲です! その数およそ2000!!」

「……やはりか。時間を置かずにこっちの陣地に打撃を与えに来た……と。まぁ、こういう感じだよ、ザーイ」

 リュッグ先生がそう結ぶと、優等生なザーイムンはなるほどと、強く頷き返した。



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  ・

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「まぁ、実際は相手の指揮官の能力や考え方だったり、敵の状況だったりと、色々なものを加味して察する必要があるから、この場合はこう、と絶対に決まった流れというものは存在しないんだが、今回は敵の指揮官をこちらが知っているというのが大きいな」

 迎撃の準備を終え、陣地の前に兵士とザーイムンを率いて布陣したリュッグが、授業の続きとばかりに捕捉を入れる。


 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人は元より学習意欲の高い魔物だった。種として進化を果たした今でも、その特性は変わらず、ザーイムンはリュッグの教えをよく聞き、そしてしかと学んでいた。



「なるほど、敵を知ることが重要なのだな」

「そうだ。知れば知れるほど、最適な手段を考え出すことができる。もちろん、自分達の側についても良く知っておかなければならないぞ。たとえ味方の数が大勢でも怪我人しかいない状態だったりしたら、その数の分だけそのまま戦力とはなれないだろう?」


「確かに。味方の事情や状況も織り交ぜる……うん、うん……」

 教える側にとって、ザーイムンは素晴らしい生徒だと言えるだろう。

 他のタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の兄弟姉妹たちも、並みの人間には考えられないほど、学びの意欲は強い。

 だが長兄としての責任感があるのか、ザーイムンはその点において頭一つ抜けている。



 さらに、リュッグがシャルーアの保護者として教え導いてきたという話を聞いてからというもの、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たちはリュッグに対する敬念を強く抱いた。


 実際、かつてシャルーアがオアシスで彼らに教えたことの大半は、リュッグがシャルーアに旅の途上で教えてきた事だ。

(※「第173話 怪人の子らは母を慕う」「第174話 子と共に親もまた成長する」の辺りを参照)


 言ってしまえば、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達にとっては、母と慕うシャルーアの導き手である。エルアトゥフ辺りなどは、祖父のような感覚で接してくるフシさえあった。


 なのでリュッグの言葉を特によく聞き、よく意味を理解しようとし、素直に受け止めてくれる。



「(うーん、何だか複雑な気分だが……まぁ、素直に言う事に従ってくれるのは、ありがたいな)」

 ハッキリ言って、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人達は誰一人としてリュッグより弱い者はいない。

 一番優し気なエルアトゥフでさえ、本気になればリュッグなど一瞬でバラバラに引き裂いてしまえるだろう。



 なのでリュッグは、嫌われるよりかは慕ってくれている方が全然いいか、などという事を考えつつ、砂煙のあがりだした地平線を睨んだ。



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