△閑話 砂漠の陣地の浴場事情



――――――ある日の夜、グラヴァースの本陣。



「ふー、さっぱりしたー」

「久々だったからな、湯が使えるとは思わなかったぜ」

「水でもありがたいってのにな、准将の計らい様々だよ」


 大き目に張られた天幕の中から、兵士達が出て来る。

 いずれも肌の汚れがなくなり、久しぶりのリフレッシュした気分に表情を緩ませていた。




「これで全員だな? まだのヤツは?」

「ああ、たぶんいねぇと思う。滅多にない機会だからよ、見過ごしちまうヤツはいねぇだろう」

 それを聞いて、天幕の番兵がヨシと頷くと、2人いるうちの1人が駆け出した。


 その天幕は浴場―――といっても、中に湯の張られた風呂が作られているわけではない。


 天幕内には湯を沸かす女性兵がおり、その湯にタオルなどの布をつけて温め湿らせたもので、兵達は肌の表を拭うだけだ。


 だがそれでも、何週間と汚れを落とせぬままに戦い続ける身には途方もなくありがたい。

 しかも、いつもは冷たい水のままなのに、今日は湯だったのだ。拭った肌の汚れはいつも以上に取れ、温かさで血行も促進され、心身ともに回復するひと時であった。




「しかし、まだ新しく湯を沸かしていたな。俺達が最終じゃないのか?」

「ムー様だろう。お産も近づいているし、我々とは違って普段から清潔にはなされているだろうが……掴みどころの分からない方ではあるが、何だかんだで我々に気遣ってくださるお優しい方だしな」

 久々に湯で身体を拭える―――まずは兵達にと、配慮するムーの姿が容易に浮かぶ。

 そしてその優しさは、よくあるお妃さまの優しさとは一味違う事も、彼らは理解していた。


「“ ビシバシ、戦ってもらう、必要……だから ” って言ってそう。あの方の場合、聖母的な優しさじゃなく、戦女神的な優しさだよな、どっちかっつーと」

「ははは、違いない。実際、“ 火鷹八銃師 ”アルスァクルの奴ら、相当スパルタで鍛えられたらしーし、厳しくも優しい、って感じなんだろうな」

 そうこう兵士達が話しながら歩いていると……


「! うわさをすれば、だ」

 浴場の天幕の方に向かうムーと、その妹のナー。そしてシャルーアにその三人を護衛する数名の兵士の姿が、彼らの10数mほど先に見えた。



「はぁー、やっぱいいよなー」

「誰が?」

「全員……てか皆可愛すぎるだろっていうな」

「それな、わかる」

「あの護衛についてる奴らが羨ましいぜ」


 男達にありがちな話をしながら、兵士らは各々の天幕へと戻っていく。

 ひと時の心身の静養―――明日にはまた、戦いが待ち受けている。


 もしかしたらこの中の誰かが……あるいは自分が、明日の夜には帰ってきていないかもしれない。

 そんな恐怖がないわけじゃないが、彼らとて日頃から兵として鍛えているプロフェッショナルである。そんな覚悟はとっくの昔に出来ていること。



 ―――この世の脅威と戦うために、誰かの笑顔を守るために。



 彼らは誰一人としてその気持ちを沈めることなく、久々の入浴で清まった身体で心地よき眠りへとついた。



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