エル・ゲジャレーヴァ奪還戦

第351話 飲まれ、蝕まれる酒



 日が暮れて、やたら疲れた様子のアワバと元気溌剌はつらつなアンシージャムンが帰ってきた―――大量の獲物と共に。


「獲物運んでくれてあんがとねーキミたち☆」

「は、はい……ぜぇ、ぜぇ」

「このくらい、おやすい……ごようで……ひぃ、はぁ」

「うう、つ、かれ……た……」


 アンシージャムンとアワバに遅れること数十メートル。隊商の一員を装わせた兵士達が、アンシージャムンが狩った獲物を運んでくる。


 二人と合流した時、いきなりほいっと渡され、何が何やらの状態でそのまま運ばされた彼らは、疲労困憊だった。




「な、何やら大変だったみたいだが……ん、ゴホンッ、あー首尾はどうだったのかな?」

 呆気にとられた気持ちを切り替え、グラヴァースが問う。すると息も絶え絶えな兵士の一人が報告した。


「目的はスムーズに……はーはー、ふー……ふー……達成、しました。敵はこちらの意図に気付くことなく、酒を接収しました」

「遠目からしばらく様子を見ていやしたが、まず問題ないでしょう。既に言い争いが起きていやしたからね、あの調子じゃ今頃、強引に酒宴を開こうっていう手下とヒュクロってヤツとで、モメまくってるんじゃあないですかね」

 兵士達とはまた違った疲労感を滲ませるアワバが、酒を獲得した敵のその後の様子を述べる。


 まずは作戦成功と見て間違いなさそうだった。



「ならば第一段階は完了、ということだな。ご苦労だった、アワバ」

「へい、ありがとうございやす、メサイヤ親分」

 アワバ達が帰って来たことを聞いてか、メサイヤとリュッグも出迎えに参じた。


「とにかく酒は敵にいきついた。後は “ 毒 ” が回るのを待つ、だな」

 酒には二重の毒がある。

 1つは内紛の火種としての意味。そしてもう一つは文字通り、酒に入っている。


「しかし驚いた……まさか、シャルーアの―――んんっ、アレ・・で敵に毒の作用があるとは」

 リュッグが少し言いよどむのも無理はない。

 酒に混ぜたのは他でもない、シャルーアのミルクだからだ。


「お嬢様が言われるには、魔に連なる者には、お嬢様の持つ力はこの上ない劇薬も同じという……人には 神々の秘飲料ソーマ として恩恵をもたらす事が可能でも、奴らには微量でも毒……いや、むしろ微量だからこそすぐに気付かれる事なく―――」

「毒は回る、というわけだな」

 グラヴァースに頷き返すメサイヤ。


 本来なら、もっと精製を待ってから神々の秘飲料ソーマにするところを、シャルーアは微量しか出ないのを逆手に、酒にその微量の乳を投入した。


 酒の量に対して0.000001%未満。なれど確実に混ざっている。


 人が飲んでも神々の秘飲料ソーマとしての効果はまず出ない濃度だが、人の身でなくなった魔物の体には、確実かつ静かに回る。

 そしてそれは、人体に対するアルコールのようなレベルの影響では収まらない。気付かない内にゆっくりと魔物の体内にダメージを与え、そして回復させないという。



「仮に、敵があの酒にて酒盛りを行ったとして、そこから回りきるには数日を要するだろうと、お嬢様は言っておられた。故に……」

「まずは “ 耐える戦い ” だな」

 リュッグの言葉に、メサイヤとグラヴァースは頷く。

 意志の疎通を図った後、彼らはすぐに行動を開始し、野営の陣の周辺の防御固めの作業の指示が、グラヴァース軍各所へと飛んだ。



  ・


  ・


  ・


『防衛の構え?』

 その報告を聞いて、ヒュクロは肩眉をあげた。


『アア、奴ら……モッと長期戦になルと踏んデ、守りヲ固めテるようダゼ』

 それは願ってもない話だ。

 ヒュクロの思惑としては、ここでの戦いにて手下を自然に減らす意図を持っている。

 相手が防御を固め、慎重姿勢で長期戦の構えを取るのであれば、その意図にかなった理想通りに事を運ぶことが出来るだろう。


『なるほど……こちらも酒を入手した事で、少し浮ついていますからね。時間が欲しいと思っていたところでした、敵が篭り気味になってくれるというのは悪くはありません』

 実際、手下たちの内のおよそ3分の1ほどが大量の酒を収奪した事で、気が緩んでいた。

 安易に酒をたしなむことを禁じようとするヒュクロとも軋轢が生じ、やや全体が不安定になっていたのも事実で、これを立て直すのに余裕が欲しかったところだ。


『他の奴ラ、酒を飲マせろトずっト言ってルぜ? うるさクてかなわネェ……』

『酒宴で英気を養う、という意味では容認して差し上げたいところですが、いつ戦闘になるとも知れない現状では―――』

 しかしヒュクロのその言い分に、手下が口を挟んだ。


『分からネェわけじゃアねぇガヨ、敵は引っ込み気味ナんダろ? ナら逆に、今飲ませテおきゃイイんじゃネェか??』

 言われて今気づいたとばかりに、ヒュクロは目を見開く。

 官僚肌で頭のいい彼だが、軍事方面―――特に現場感覚にはやや疎いところがある。

 確かにと、少し黙して考え込む。


『……。……そうですね、相手が攻勢に出ないうちに、そういう選択もありといえばり、ですか……』

 こうしてその夜、エル・ゲジャレーヴァでは酒が解禁された。

 魔物化した元囚人たちは、最初からそう言えばいいんだとヒュクロへの文句を口々に言いながら酒をかっくらう。


 エル・ゲジャレーヴァを殲滅・制圧した後、都市内にあった酒類はあっという間に消費してしまい、それから結構な間、口に出来なかった酒の味は、彼らを大いに酔わせる。



 ……そしてそれは、更なる欲求の高まりを喚起する呼び水にもなってしまう事を、ヒュクロはまだ、気付いていなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る