第352話 正の連鎖に包まれた陣地




「よし、退け! 退けー!!」

 その日もグラヴァース軍は、ほどほどの小競り合いに留め、すぐさま兵を退いた。


『まタだゼ。どーヤら、ヒュクロの野郎がイってタとーり、長期戦の構えっテ感じダな、敵さンはヨ』

『みてェダナ。まァイイんジャねェカ? 長引けばまタ、こないダの酒みタく奴らに向けタ補給がクるダろーシヨ』

『イイナ、そレ。見つけタラ、そっコー奪っテやろウゼ、ヒヒヒ』






――――――グラヴァース軍、陣地。


 作戦に合わせ、軍の陣地は急ピッチで工事が進み、かなり防衛力が増していた。

 以前は天幕テントと簡素な柵しかなかったのが、空堀りとがっつりと高い壁が建ち、さらには相当な高さの見張り台も2本、そびえたった。


 堀りの外側にも突撃防止のバリケードが配置され、何か所か落とし穴なども仕込んでいる。

 この辺りはメサイヤ率いるゴロツキ達の悪知恵入りなので、本来のモノよりも少しばかり凶悪仕様だ。


 そんな拠点としてサマになりつつある陣地へ、グラヴァース達は帰還した。




「ふー……、今戻った。どうやら向こうもこっちが長期戦の構えだと思っているようだ」

 天幕をくぐるとそこには一足先にひきあげたナーとリュッグ、そしてシャルーアと大きなお腹を抱えたムーがいた。



「おー……旦那おかー、どんぱち…ご苦労」

「だ、大丈夫なのか動き回って!? もう近い―――」

 するとムーは、よしよしとグラヴァースの頭を撫でる。夫というよりはまるで子供をなだめるかのような撫で方だ。


「問題ない、ずっと…言ってる。多少の運動、これ……重要」

「グラグラは心配性だよねー。見た目はそこそこヤンチャそーなのにさー」

 ムーとナーの姉妹は相変わらずだ。何というかどんな時でも、この世に怖れるモノなしと言わんばかりの余裕を感じられる。


「まぁグラヴァース殿も落ち着いて。ちょうどシャルーアが、お腹の子を診るという話をしていたところだよ」

 リュッグにも宥められ、グラヴァースはむぅと少し頬を膨らませながらも、ひと呼吸ついて椅子に腰をおろした。



「……それで、お腹の子を診てくれる、というのは??」

「はい、アムちゃん様に力の練習をするように言われているのですが、その中に上手く応用しますと、お腹の中の子の事を診ることが出来るかもしれないと思いまして」

 そう言ってシャルーアは、そっとムーのお腹に片手を当てる。


 両目を閉じ、微かに頭を下げて集中しはじめると、当てた手の平がほんのりと淡い輝きを放ち出した。


「……」

 その光が波紋のようにムーのお腹全体に広がった―――かと思うと。


 フォオオ……


「「「!!」」」

 3人は驚く。

 ムーのお腹の表が、本当にぼんやりと霞んではいるものの、肉が透過されたように中の様子を映し出したからだ。



「シャルーア。これはお腹の中の様子……なのか??」

「はい、リュッグ様。母子の体に影響を及ぼさない範囲ですので、かなりぼやけてしまいますが、間違いなくお腹の中の、お子様の様子です」


「ふぉおおおお……すっごーい、シャルちゃんやるー、こんな事できるんだー?」

「……よく、見えない……みんなだけ、ズルい……」

 さすがにムーからは上手く見えない角度。シャルーアが申し訳なさそうにしているその横で、声を発することも忘れたグラヴァースが、じっとぼやけた赤子の姿を見つめていた。


「……これが、……俺の……」

 感動。いまにも涙が溢れそうになっている。

 本来なら生まれて来てようやく見れるその姿を目にして、父親として何とも言えない感慨深さを感じてしまっているのだろう。


 まさしく子供に戻ったかのような純朴な雰囲気―――ムーはそんな夫の頭を再び、優しく撫でた。



  ・

  ・

  ・


 気を利かせ、リュッグはナーを連れて天幕を出る。さすがにシャルーアはその能力を使っているので傍にいないといけないので二人きりにさせてあげる事はできなかったが。


「なんかすっごく不思議な感じだったねー、アレ」

「まぁな。なんというか……生命の神秘を見た気がするよ」

 天幕の外に出ると、今も陣地の防衛強化に忙しく動き回る工務担当の兵士達の姿がちらほら見え、現場と思しき方向からは建設の音が聞こえてくる。



「確か、ルッタ……だったか? 建設の現場を指揮しているのは」

「そーそー、えーとルッタ……ルッタハーズィってコ。すごいよねー、最初はちょこっとシャルちゃんに教わっただけで、しかもあんな砂漠のど真ん中のなーんにもなさそうなとこで暮らしてて、建築上手になるとか」

 そもそもシャルーアも教えたとはいえ、その知識や技術は一般人以下。本当に言葉通り、たいしたことは教えられてはいないはずだ。


 しかし、その僅かから独学で磨いていき、僅かな期間で軍の工務担当者以上のモノを修めているというのだから、驚かされる。


「アンシーちゃんも狩りの腕がすごいらしいし、ムシュラんも料理美味しいしー…」

タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人……か。うかうかしていると、あっという間に何もかも追い越していきそうだな。まったく頼もしい味方が出来たもんだ」

 何よりそのきっかけとなったのがシャルーアだと言うのだから、世の中わからないものだと、リュッグは思う。




 同時に、出会ったばかりの頃のシャルーアを思い返して、少し感慨深くなった。


「(子供が一人前になっていく親の気持ち、ってやつかな―――)―――俺達も負けていられないな、明日の用意でもするか」

「おー、いいねー、やる気満々ー。……ってか、いい加減弾の補充、どーにかしてもらわないとだし、私もちょっと補給担当に文句言ってこよっと」

 あてられて、やる気が上がるのはいい連鎖だ。




 駆け出したナーを見送りながら、リュッグは程よい脱力と共に気持ちは軽く引き締まる、何とも言えない心地よさを感じながら歩き出した。



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