第346話 神の支援は3つあり




「そういえば、ウランヴァハ隊とやらと合流した際、聞いたのですが」

 メサイヤが切り出すと、シャルーアはコテンと首を傾げた。


「何でもかの連中は、アムトゥラミュクム……様に、何やら授かってきたおかげで、道中奴らに遭遇しても、これを倒してこられたとか」

 メサイヤの言わんとしている事に思い当たり、シャルーアはポンと両手を胸前で叩き合わせた。




「それはきっと、神々の秘飲料ソーマのことでしょう。アムちゃん様が少しご用意したものを、持たせて送り出した兵隊さん達がいる事は知っていました」

 (※「第323話 神の飲み物<ソーマ>」参照)

 おそらくは、その効果のほどを当のウランヴァハ隊の面々に聞いているのだろう。先ほど “ ミュアーク・ドゥアーマ ” が人間には不可能であると話したので、ならばそれはどういったモノなのか興味が湧いた―――と言わんばかりの顔をしているメサイヤ。


 その様子を見てシャルーアは、少しだけ難しそうに考えだす。そして……




「………」

「お、お嬢様??」

 突如、無言で自分の両胸を下から掴み上下に揺らし、何かを確かめるかのように何度も動かす。


 元より華奢な体躯には豊かなモノを持っているシャルーアだが、時間の経過と共にその成長は著しく、リュッグと出会った頃よりも明らかに1サイズかそれ以上のボリュームアップを果たしている。だが……


神々の秘飲料ソーマは……確かにご用意できましたら、リュッグ様やメサイヤ達にも、今以上の力を発揮させてあげられます。ですが、そのウランヴァハ隊に持たせられた分量でおしまいでしたから、次にそれなりの量となりますと……まだ時間がかかりそうです」

 シャルーアとて、戦場で戦う人達が、1人でも無事に生きて帰って欲しいとは思う。しかしこればかりはどうしようもない。



 神の飲料の源はただの乳ミルクではなく、相応に精製されたモノでなければならないが、アムトゥラミュクムのようにまとまった量をそれなりの時間で用意するのは、まだまだシャルーアには不可能だった。


「シャルちん、その神々の秘飲料ソーマっていうのの材料って何なのー? 集められるものだったら、探しにいくけど」

 ナーが興味深そうに聞いてくるが、シャルーアは首を横に振る。何せキモとなる材料はシャルーアの身体、乳房の中でしか精製できない。


「残念ながら、世に探し求められる類の材料ではないんです、ナーさん」

 そう言ってシャルーアは、自分の乳房をおもむろに片房持ち上げてみせた。


「材料は、端的に申しますとわたくしの母乳なので」

 そう言いきった瞬間、場が一瞬静まり返る。




 ムーやナー、アンシージャムンやエルアトゥフ、ミュクルルら女性陣はなるほど、さほどの驚きを見せる事なく、理解を示す。

 だが、一方で男陣―――特にシャルーアに対して敬念や劣情を現在進行形で強く抱いている者ほど、大きな驚きを伴う反応を見せた。


「母の……羨ましい、者達だ……」

 ルッタハーズィは素直に羨み、


「ママの乳をいただく……なんて恐れ多いっ」

 尊さに羨むべきなのか憤るべきなのか複雑そうなザーイムン。


「おのれ……よりにもよってお嬢様の……知らぬ事だったとはいえ、ウランヴァハ隊の者どもには一つ、話をせねばならんようだな……」

 お嬢様の母乳を飲むなどと、破廉恥なとでも言わんばかりにメサイヤは軽い憤怒を本気ではないとはいえ、その雰囲気に滲ませる。


「……、……うぶっ、は、鼻血がっ!!」

「おまっ、何ヘンな事考えてたんだよっ! す、すみませんグラヴァース様、コイツ外に出してきますっ」

 控えていた護衛の兵士の1人が良からぬ妄想に鼻血をふいた。



「やれやれ、相変わらずなようで、ある意味ホッとする自分が怖いな……」

「? どうかしましたか、リュッグ様??」

「いや、何でもないよシャルーア」

 無自覚にしれっと周囲に影響を与えるこの感覚―――いかに神がその身に顕現しようとも、どうやらシャルーアはシャルーアで変わりないようで、何だかリュッグは安堵感を覚えた。


  ・


  ・


  ・


 残念ながら、“ ミュアーク・ドゥアーマ ” も神々の秘飲料ソーマも、現状では普通の人間である者には現状、有意とは言い難く、グラヴァース側の軍を強化するような事は不可能―――と思いかけたメサイヤ達を見て、シャルーアは天幕の外へと皆を誘った。


「メサイヤ。貴方あなたの武器を貸してください」

「? ですがお嬢様……その、お嬢様の手には余るモノかと」

「大丈夫です、わたくしが使おうという事ではありませんから」

 そう言って褐色の両手がメサイヤの前に出される。


 メサイヤは不安げに、ヒョイと軽々自分のグレートソードを持ち上げ、一度相棒に視線をやってから、大丈夫だろうかと心配そうにシャルーアに手渡した。


 ―――途端。


 ズォォンッンン……


「お、お嬢様!? だ、大丈夫ですか!!?」

 グレートソードの重みに、一瞬でシャルーアの姿が消える。大剣と共に砂漠の上に伏していた。


「ふわ~……とっても重いです、ん……んんん~っっ……はぁっ。メサイヤは凄いですね。こんなに重い剣を軽々と振るえるのですから」

 その場にへたり込んだ姿勢のまま、それでもシャルーアはグレートソードの柄を掴んだまま離さない。

 一呼吸置いたかと思うと目を閉じ、ますます強く握る。


「―――……。~~~……」

 何か言葉というか、鳴き声や石などの物体がたてる音のようにも聞こえる、不思議な声を小さく呟く。


 シュウウウ……ウウゥン……


「!? ……今の、輝きは?」

 グレートソードの刀身全てが一瞬、まるで炉から出したばかりの金属棒のような輝きを発したかと思うと、その放った輝き全てを吸収するように剣に収束していき、やがて一切の輝きも失せ、何事もなかったように元に戻った。


「はい、どうぞメサイヤ。持ってみてください」

「は、はぁ……では―――、っ!? これは……」

 持ち上げた瞬間、メサイヤは明らかに、今までの自分のグレートソードとは違うと、その手で感じた。




「メサイヤと……あとは……リュッグ様、グラヴァース様に、ナーさんも大丈夫かもしれないですね」

「「「??」」」

 一体何をしたのか、そしてシャルーアの意図するところがまだよくわからない面々は困惑しながら、砂漠から立ち上がり、砂を払っている彼女を見返した。



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