第342話 長引く戦いと到来せし知己




「よし……全体、下がりなさい。深追いの必要はありません」

 アーシェーンの号令と共に、グラヴァースの軍勢は波のように退いた。


『フフッ、さすがはアーシェーンですねぇ。こちらが退くと同時に下がらせると思っていましたよ』

 くぐもった声で、敵の退く様を眺めながら笑うはヒュクロ。


 すっかり廃墟と化したエル・ゲジャレーヴァの街の外壁上から、絶景絶景と言わんばかりに眺め、この戦いを楽しんでいた。





『しかしヒュクロさんよ。どうしテひと思いにぶち殺し尽くしちまわないんダ?』

 側近に据えている一人の魔物化した囚人に問われ、ヒュクロは噴き出すように、馬鹿にするような笑いを漏らす。


『引き付けるためです。私の目標はこの国そのもの……もし、味方が健在なれど苦戦している戦場があると聞いたなら、果たして国の王たる者はどう考えるでしょうかねぇ?』

 すると側近は僅かに思案し、そして自信なさげに答えた。


『アー……援軍を出す、とカ?』

『そうです。しかも一気にではなくちょろちょろと、ね。今この国の軍事力はカツカツです。そこから搾りだすように援軍を送って来る……ここでそれらを引き付け、叩き潰していき、敵の持つ戦力を限界まで削り取ってしまえば、王の住まう都は簡単に落とせます』

 もはやヒュクロに、グラヴァースを担ぎだそうという野心はない。

 その野心はさらに昇華し、この新たに身に着けた素晴らしい力でもって、己が国を乗っ取るという考えに至っていた。


 そのための最も効率的な手段―――それがこのファルマズィ=ヴァ=ハール王国の国王の命を刈り取ることであった。

 国王には後継の世継ぎたる子がいない。つまり王の首を取ってしまえば、この国は終わる。残党がいくら頑張ったところで立てる旗頭がいなければ士気も上がらない。


 あとはこの常人離れした強さを振るい、恐怖でもって民衆を支配すれば、国を乗っ取る事が出来る―――ヒュクロはそう考えていた。


 しかし、この遅々とした戦闘を繰り広げるのには、もう一つ隠した理由があった。


『(適当に間引いておかなければ、手綱を取るのが面倒ですからねぇ……ククク)』

 何せ元は凶悪犯罪を犯した囚人ども。

 今でこそ、最も強い魔物化を果たした自分に従ってはいるが、権力を握るに辺り、粗野粗暴な輩が多数いては管理も支配も面倒になる。


 なのでヒュクロとしては、対峙しているグラヴァース軍との、この戦争ごっこ・・・・・にて手下には適度に死んでもらわなければならないのだ。


 無論、その真意は手下どもには伝えてはいない。あくまで国を乗っ取るため、敵戦力をこの地に引っ張り出し、駆逐していく作戦という形でもって、この地に留め続けている。


 もっとも最初期には少数が脱走し、勝手にどこかへ行ってしまった事もあったが、大多数はヒュクロに従い続けていた。






――――――エル・ゲジャレーヴァ郊外、グラヴァースの陣。


 アーシェーンの指揮の元、戦闘を繰り広げること数日。報告を聞いたグラヴァースは、少しばかり安堵の息を漏らした。


「そうか……兵達はよく戦ってくれてるのだな」

「はい、指揮官が私で大丈夫かという不安は、今のところ兵達よりあがってはおりません。何よりヒュクロの裏切りと、エル・ゲジャレーヴァを破壊された事への怒りがまだ強くあるようです」

 ムーが、さすがに出産を控える頃に入り、気が気でないグラヴァースは、指揮をアーシェーンに一時託した。


 上に立つ者としては情けないことなのだろうが、そこは普段からのグラヴァースの人徳が幸いし、兵達からは良き理解を得られた。


 何より兵らにとってもこのたびムーが産む子は、我らが御大将の子である。


 そのために夫のグラヴァースが戦場に立たないで、妻の傍にいることを悪く言うような者は、グラヴァース軍の中には一兵もいなかった。



「また、ムー様とナー様の鍛えられた“ 火鷹八銃師 ”アルスァクル が絶妙に良い働きをしてくれており、その火力支援のほどが兵達の間でも評判となっております。ですが……」

 報告の話しぶりが鈍る。アーシェーンが言わんとする事を、グラヴァースも痛いほど理解していた。


「分かっている。補給だろう?」

「はい、ナー様がおっしゃられるには “ 節約もう限界っ、弾も火薬も底ついちゃってるよっ ” ……だそうです」

 何気に上手いモノマネを踏まえるアーシェーン。が、それは何も銃の消耗品に限った話ではない。


 グラヴァースの軍がこうして戦い続けるに辺り、一番の悩みどころは敵が強いことではない。何よりも物資の補給だ。


 食料をはじめ、軍需品などでも特に消耗品の類は、調達に苦慮している。


 最初の頃は、奴らに蹂躙された周辺の村や町の人々の供出などがあって、何とか回せていたものの、この所は食糧の残量も怪しくなってきていた。



「物資の調達に出向いた隊は?」

「まだ一隊も戻りません。おそらくやられてしまっていると見るべきかと」

 事実上の兵糧攻めにも等しい。

 おかしな話だ。拠点に攻撃を仕掛けている野にある軍が、拠点に籠っているはずの敵に、物資調達を阻まれているなど前代未聞の展開だろう。

 

 それを可能にしているのは、敵が常人離れした身体能力を有しているに他ならない。

 エル・ゲジャレーヴァを少数で飛び出し、あっという間にこちらの小隊を嗅ぎつけて駆逐。そして余裕でまた拠点に戻る。


 魔物化した人間がここまで強いとは思いもしなかったと、グラヴァースは苦笑するしかない。


「幸い、メサイヤ殿の隊によるサポートのおかげで、いくつかの小隊は無事、敵の追撃から逃れられてはいるようですが……彼らが役目を果たしきれない事を前提として考えておく方が良いかと」

 たとえどこかで物資を獲得しても、それを運んでこなければならない。その道中で再び、敵にやられる可能性はある。


 せめて王都に報告に向かった者が到着してくれていれば―――それも希望的観測というこの戦況は、なかなかに絶望的だなと、グラヴァースは苦笑した。


 と、その時


「し、失礼致します閣下。その……お、お客が……」

「? 客? この状況下で一体どこから誰が来たというんだ?」

 飛び込んできた兵士に、怪訝そうな顔を向けるグラヴァース。

 だが兵士は、信じられないものを見て来たと言わんばかりの顔をしていた。


「その、閣下もご存知のリュッグ殿がお越しになられ、頼もしい戦力と物資を幾ばくか持ってきたから、とおっしゃられるので先に我々の方でチェックしたのですが……と、とにかくご覧ください!」

 兵士に急かされるように、グラヴァースは天幕テントを出て、陣の西端へと移動する。



 そこには20人ほどの者達が並んで待っていた。その中に確かに見知った者の顔がある―――がそれ以上に、彼らの背後にある巨大な塊の方に、グラヴァースとアーシェーンの視線は驚きをもって釘付けとなった。


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