血の前夜・神力の恵み

第341話 最強の怪人達はいざ進軍する




  カッポカッポカッポカッポ……


 馬が歩む砂漠の道の上……比較的地面が固いのか、足音が心地よく鳴り響く。

 2台の馬車を中心に形成された隊は一路、西に向かって進んでいた。




「自分達の住処を留守にしてもよかったのか?」

 リュッグの問いかけに、ザーイムンは軽やかに笑った。


「はい、特に問題はありませんよ。そう大きな場所ではありませんし、それに……不届きな者がのさばろうモノなら、軽くひねってやればいいだけですから」

 確かに、彼らが相手ならそこらの野の山賊も魔物も敵ではない。


 笑顔でひねるジェスチャーをしたザーイムンの片手は、リュッグの目でも辛うじて動きの軌跡が見える速度で、ドアノブを右へ左へ回すような仕草をしばらく続けていた。



「俺、ははの友達、助ける……敵は許さない」

 一連の話を聞いてからというもの、ルッタハーズィはやる気満々だ。道中で何度も鼻息荒く、全身に力を込め、いつでもってやると言わんばかりに意気込んでいた。


「ルッタ、気持ちは分かるが落ち着け。俺もかーさんの友を困らせる奴らは、放っておけない。……まだ敵まで遠い、グッと溜めるのも重要……だ」

 ムシュラフュンは表向きは冷静で落ち着いているものの、静かに闘志を燃やしている感じだ。

 その踏みしめた足元が、彼の発する熱で軽く揺らいでいる。


「あ、あまりやりすぎないでくださいね? 出来れば何人かは捕えて、情報を引き出したいので……」

 イクルドが別の意味で心配になる。二人の戦闘力が凄まじいことはもう理解至ってはいるが、だからこそやり過ぎて、敵を全て皆殺しにしてしまわないかが不安だ。




「しっかし、こうなってくると敵さんも災難ですねぇ。こんなにも強力な相手が来るたぁ思っちゃいないでしょうし」

 アワバがそう言うと、馬車の幌の上に乗っていたアンシージャムンが、ひょいっと隣に降りて来た。


「ふっふーん、アタシ達にどーんとお任せってね☆ アワバちんも安心してていーよー」

 アンシージャムンの気さくさは好ましいものではある。

 だが、さすがに “ アワバちん ” は止めて欲しいと、ミュクルル達の堪えきれない洩れ笑いを聞きながら、アワバは恥ずかしそうに頬を染めた。


「あとは俺達が間に合うかだな。親分たちが早々簡単にやられちまうたぁ思っちゃいねぇが……敵も聞く限り、厄介そうだしよ」

 アーリゾの懸念はもっともだ。ハルガン達もそれに頷きながら、決して楽観的にならないようにと気持ちを引き締めた。




「本当によろしいのですか? ……私は慣れていますので問題ないのですが」

「いえいえ、どうぞ休んでいてください」

「そうですとも、俺達に任せておいてくださいよ、へへっ」

 御者を変わってくれた兵士達に、シャルーアがありがとうございますと頭を下げる。

 そして荷台の方に移ると、エルアトゥフを中心に、他の兵士3人がその取り巻きのように囲んで話しかけている光景が飛び込んできた。


「あ、かかさま。……その……これは一体、どうすれば良いでしょうか??」

 ちょっと困った様子で、シャルーアに助けを求める視線を送って来るエルアトゥフ。


「エルアトゥフちゃん、ほら果物むいたからどうぞお一つ」

「大丈夫? 寒くない? えへへ……何なら俺が温めて――」

「馬鹿か、昼間の砂漠で寒いわけねーだろう。……ごめんねー、この馬鹿は無視していいからねー」

 

 元よりシャルーアにそっくりなエルアトゥフは、普通に美少女だった。だが、種の壁を越えて変化した後のエルアトゥフは、さらに別格の魅力をその身に宿したのだ。



―― 肌の色はシャルーアに近い褐色。だがやはり灰色がほどよく混ざったような色味をしている。しかしそのつやや透明感は出来立ての陶器のごとく、美肌にも程があるというレベル。


―― 髪色もシャルーアに近いものがベースで、やはり灰色が混ざったような色味に加え、毛先に向かうほど色が薄くなっていき、黄、石灰色、そして爽やかな緑とグラデーションしていく。こちらもやはり、美しい輝きを宿していた。


―― そして一番の変化がその肢体だ。元々がシャルーアにそっくりだったエルアトゥフ。だが変化の後は、まるでシャルーアを何歳か大人に成長させたかのような色気を醸すようになった。

 豊かだった部分はより膨らみ、それでいて細い部分は引き締まったまま。


 アンシージャムンがモデル的な方向性での魅力を高めたのに対し、エルアトゥフは大人的な方向での魅力が高まったような変化をしていた。


「ふえーん、かかさまぁー」

 兵士達の囲みを脱出して、シャルーアに抱き着くエルアトゥフ。

 シャルーアが抱き寄せてよしよしと撫でるも、見た目的には、妹に慰められる姉みたいな図になっていた。



  ・


  ・


  ・


 そんなこんなで進むこと丸1日。


「かなり……気配、感じるな。アンシー、どうだ?」

 ムシュラフュンが両腕を組んで西の地平線の彼方を睨みながら、妹に問う。


「んー……やっぱりあの時の奴らとおんなじようなカンジだねー。数も結構かなー、8700か800…………もうちょいいるかも? その手前のもうちょい近くに、人間の気配があるから……そっちがママーの友達たちの方だね、たぶん」

 グラヴァース達がいるところまで、まだ30km以上。

 いかに荒涼として障害物のない砂漠とはいえ、目視では当然地平線の彼方まで目を凝らしても、何も見えない。


 だがアンシージャムンはこの距離で、完璧に気配を詳細に感じわけていた。


「おおよそ9000か。聞いていたところでは少なくとも1万はいると言う話だったが、どうやら人間達もそれなりに頑張っている……という事だな」

 ザーイムンが状況を整理し、やはり弟妹と同じように地平線の彼方を注視しながら、自分でも気配を汲み取らんと気を張った。


「俺も、頑張る。……担当は、どうする? 突然乱入、驚かせる、良くない思う」

 ルッタハーズィが、先のサーペント・ガ・イール戦の事を引き合いに出し、どう参戦したものか、兄弟姉妹に問いかけた。


「かかさまがおっしゃるには、お友達に遠距離からの狙撃手もいるみたいです。私達のことをちゃんと言っておかないと、間違えて撃たれてしまうんじゃ?」

 たとえ撃たれたところで彼らには問題はないが、敵に向かうべき銃弾を無駄にする意味はない。

 エルアトゥフの言葉を受けて、ザーイムンがフムと思考を巡らせた。


「なら、まずは素直に合流を目指すことにしようか。奇襲で戦場に突入する方が、敵に俺達のことを把握するのが遅れ、大打撃を与えやすいんだが、それでママのお友達側が混乱しては良くないだろうしな」

「ん、それでいいと、思う」

「さんせー」

「俺……異議なし」 

「はい、了解です」



 兄弟姉妹たちが作戦会議をしているのを、少し離れたところで微笑ましく見守るシャルーア。

 一方でリュッグ、アワバ、イクルドは、自分達にも一言相談して欲しいけどなといった表情で、5人の背中を眺めていた。



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