第336話 神は宴会の明かりを尊ぶ




 怪人達のオアシスはその夜、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。


「大量の食材、腕がなる……」

 感動しながら包丁代わりにナタのような手斧を振るっているのは、ムシュラフュンだ。

 兄弟一の料理好きは、腕の見せ所とばかりに巨大なサーペント・ガ・イールの肉を、綺麗に次々とさばいては焼いていく。


 木を薄く切って磨き、軽く火であぶって焦げ目をつけた独特の皿の上へ、焼けた肉をナタ斧の刃で投げ乗せる。




 シュタタタンッ


 急ごしらえの机と椅子に、綺麗に整列して座っている兵士達の前に、1人1皿ずつ、完璧な動きで給仕サーブされた肉は、彼らの目の前で良い匂いと湯気を立ち上らせた。


「い、いただきます」「ごちそうになります」「……ごくり」

 兵士達がおそるおそる料理を出してくれた礼を述べると、ムシュラフュンはまるで気難しい熟練の料理職人の如き寡黙さで背を向けたまま、コクリと頷き返した。


 何という迫力! そして……目の前の焼けた肉。


 調理工程を見ていたから分かる。この肉はただ焼いただけ・・・・・だと。


 怪人が手づから作った料理―――それも衝撃的な話だが、同時に一生に1度でも食べられるかどうか分からない、災害級の魔物の肉という二重の衝撃が、兵士達を戸惑わせる。


「……ええいっ」

 そのうち、一人の勇気ある者が食に踏み切った。場合によっては皆に先んじて朽ち果てる覚悟で。


 ガヴッ……ニチィッ


 弾力ある肉。しかし頭ごと引けばしかと千切れる。


「……ど、どうなんだ?」「味は?」「食感……ってか食べられるものなのか?」

 兵士仲間達が緊張から生唾を飲んだ。


 その直後―――


「う、……まいっ!!? な、……これが、サーペント・ガ・イールの……肉!?」

 一通りの咀嚼、そして飲み込み終えた兵士は、目を見開いて自分の歯型のついた肉をマジマジと見た。


「最初、歯をつけた時、“あ、これは硬い、嚙み千切れないな” と思わせるほどの弾力を感じた。なのに想定よりも容易く千切れ、そして口の中では噛むほどに柔らかくなっていき……気づけばノド越しサッパリと流れ込んでいた」

 まるでグルメな客のごとく、スラスラと感想が口をついて流れ、止まらない。


「そして、肉自体も確かに美味。なんだが……それ以上にその美味さを引き出す絶妙な塩加減と焼き加減! どちらかが少しでも過剰でも少なくてもいけない、そんな最高のこのバランスはどうだ!? はたして王都の……いや、王宮の一流の料理人でもここまでの焼き方ができるだろうかっ!?」

 カッと見開いた目、つい力のこもるコメント―――そんな兵士の様子を、見なくとも分かるとばかりに、ムシュラフュンはフッと軽く笑む。


 調理者としての勝利―――それは自分の料理を食した者がぐうの音も出ないほどに満足することである。

 ムシュラフュンは背中で語る。“ さぁ、熱いうちにおあがりよ ” と。



  ・

  ・

  ・


『なんぞ、あの一角だけ雰囲気が違うのう』

 調理担当のムシュラフュンとその近くで料理にがっついている兵士達。そこだけ何か、料理対決とかグルメ評論的な空気が流れているのを眺めながら、アムトゥラミュクム達もサーペント・ガ・イールのステーキに舌鼓を打っていた。


「しかし、これは確かに美味いな。旅の疲れが肉一切れ食べるごとに吹っ飛んでいくかのようだ」

 リュッグはこんな食材が世の中にはあるんだなと、興味の視線を肉に向ける。


「たしか、サーペント・ガ・イールの近親種で、レガート・ロ・イールってのがいやすよね? アレの肉も滋養強壮にいいって有名ですし、サーペント・ガ・イールもそうなのかもしれやせんよ」

 モグモグと丁寧に、味を確かめるように咀嚼しながらそう述べるアワバ。

 その隣には並んでハルガン達が、こんな美味いモノを食えるなんてと、軽く感涙気味に頬張っていた。



「ウチらも久々の大物で嬉しいよー。ママーともまた会えて、今日は幸せすぎー」

 アンシージャムンも負けじとサーペント・ガ・イールの肉をほっぺいっぱいに頬張って咀嚼していた。


 聞くまでもなく、肉のおかわりは山とある。

 遠慮は一切無用。全員喰えるだけ喰うべしとばかりに、おかわりする。


『……フフッ、かつてを思い出す光景よな』

「? かつて?」

『うむ。遥か昔、我ら・・がこの地に訪れた時、人の町や村といった場所はなく、ましてや国などというものもない、酷い場所であったでな。邪悪と瘴気と邪悪なる者たちの世界ゆえ、こうして野に天を仰ぎてしょくんだものよ』

 そう語るアムトゥラミュクムの姿を見て、リュッグは思う。

 完全に同一の存在とは言っているが、やはりアムトゥラミュクムとシャルーアは異なるモノとして同居しているのではないか、と。


『それは違うな、リュッグよ。我は確かに、シャルーアと同一の存在である事に相違ない。が、顕現してより時が経つにつれ、顕現を維持するために・・・・・・・・・・自我として分離が進んでおるからこそ、異なるモノのように思える状態になっていっておるゆえだ』

 心の中を読まれるのは今更だが、さらっと衝撃的な事を言われ、そちらの方にリュッグは驚く。


「顕現を維持……? それはつまり、ファルメジア王がアンタを顕現させた事で、その……シャルーアが・・・・・・分離していっている、って事なのか??」

『正確性に欠きはするが、まったくの間違いというわけでもない。事実、我は個として自律的になりつつある……過ごす時間が長引けば、それはさらに進行しよう。我の存在が大きくならば、シャルーアの存在が押しつぶされかねない―――そういった危惧は、正しい』

 リュッグが困惑と共に焦りだす、が、アムトゥラミュクムは肉を手で千切り分けたものを片手に持って、彼の口に押し込み、言葉を封じた。


『心配はいらぬ。他の者よりも何よりも己のことゆえ、そのような危惧は顕現した当初より持ち得ておる。何より、我のせいで愛し子シャルーアに害が生じるは、我が本望にもあらず……当に手立ては進めておるでな。フフッ、そこにはリュッグよ、なんじとてまったくの無関係ではないぞ?』



 微笑むアムトゥラミュクムは、シャルーアとは異なる不思議な魅力と神秘性を放っている。

 焚火の明かりに片側だけ照らされたその表情は、なんとも意地悪そうな、悪戯めいたものを孕んでいた。



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