第335話 強き5人の兄弟姉妹と共に




 サーペント・ガ・イールが倒されてから約2時間……


 イクルド隊長以下、同行の兵士達はもちろん、アワバ達も夢か幻のような気がしてならず、いまだに目の前の光景を信じられないでいた。





 ズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリ………



「これだけ大きい獲物は、俺たちも久しぶりです」

 ザーイムンが千切れた胴体の下、尻尾までの部分を。


「今夜は御馳走ですね、かかさまの歓迎会をしましょう!」

 エルアトゥフが切り離された巨大な頭部を。


「珍しい食材、大量。ムシュラ、よろこぶ。俺、わくわく」

 そしてルッタハーズィが一番重い胴体の上全部を、それぞれの方法で引きずっている。

 エルアトゥフが難なく1人で持ち上げてる一番軽そうな頭部でさえ、目算でも200kgはありそうなのに、か弱そうな体躯で平然と頭上に抱えあげ、歩いていた。



「……」「……」「……」


 兵士達は何も言えない。ただただ夢を見ているんじゃないかというような表情のまま、彼らに並んで進む。


「え、ええと……本当に手伝わなくて大丈夫なんですかねぇ?」

 アワバが何かに耐えきれないような、なんともいえない気持ちから、アムトゥラミュクムに問いかけるも―――

『フフッ、心配はいらぬ。このコらの身体能力は人の比ではない。魔物の中ですら、まず比肩する者など、おるまいよ』

 微笑ましいではないか? と笑い返された。


「以前会った時は、まだここまでの存在感は感じなかったのにな。本当に規格外というワケか……なるほど、頼もしいな」

 リュッグは改めて、アムトゥラミュクムが戦力のアテと言うはずだと、彼ら―――タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の凄さを認識した。


  ・

  ・

  ・


 


「見えてきました―――アンシーが手を振ってますね」

 ザーイムンが指し示す方向を一同が見る。


 すると、平坦な砂漠の真ん中にやや盛り上がった砂丘に飛び出して見える高台のような木組みの上にいた影が、ぴょんと飛びあがったかと思うと―――


 サ……サ…サ…ザ…ザザ…ザザザザッ!


 二つの影が砂丘から改めて飛び出し、一直線にこちらへ向けて走って来て……


「(なんて速さだ。目算でまだあの砂丘まで1km近くはあるってのに)」

 リュッグは思わず乾いた笑いが漏れる。

 何せ2つの影はおよそ1kmの距離をものの20秒程度で走破し、目前まで来ているのだ。

 それはおよそ時速180km/hという速さだ。驚きを通り越して呆れるしかない。


「陸上動物の中には、ごく短距離ならそれくらいの速さで走るモノもいる……か?」

 そんな事をポツリと呟いているうちにも、二つの影あらため二人の怪人は、リュッグ達の元へ辿り着いた。




「おかえりー! ザーイ、ルッタ、エルアー!」

 明るく朗らかな出迎えの言葉と笑顔を浮かべながら、アンシージャムンが急ブレーキをかける。


  ボバハアッ!!


「ぶっふ!!」「うわっぷ!」「ふぉあっ!!!?」

 思いっきり吹き上がった砂のビッグウェーブが、兵士達に容赦なく降り注いだ。


「あー、ごめごめ。ちょいブレーキ遅かったかも?」

「アンシー、勢い考えよう。お客さんに迷惑かけるの良くない、それに―――」

 恐らく彼女と違って、適切な距離でブレーキをかけたのだろう。ムシュラフュンが苦言を呈しながら数秒遅れで到着すると、すぐにアムトゥラミュクムの方に向き直り、姿勢を正した。


「かーさん、久しぶりです。元気にしていた様子、何より」

『うむ、ムシュラフュンも壮健にしてよく学び、成長しておるようで我は嬉しいぞ』

 アムトゥラミュクムに褒められたムシュラフュンは、照れ臭そうに表情を緩ませる。

 口調や雰囲気は違っても、彼女がシャルーアである事に疑いを持っていないのは、ザーイムン、ルッタハーズィ、そしてエルアトゥフら兄弟姉妹の様子から即座に間違いがないと理解したからだろう。


「あー、ムシュラずるいっ。ママーに先に挨拶してー!」

『フフッ、アンシージャムンはますます快活で器量よくなったな。そう兄弟を妬むものではないぞ?』

 そう言って宥めるように、アンシージャムンの頭を撫でるアムトゥラミュクム。

 途端に気持ちが緩んだように、彼女の表情がへにゃっと穏やかになり、それを見て今度は、ムシュラフュンが羨ましそうな表情を見せていた。




「……な、なんなんだ、コレって」

 サルダンは、もはや一生分驚かされたとばかりに、両肩を脱力させる。


「気持ちは分かるが、シャンとしろサルダン。これ以上、情けない姿をさらすわけにもいかんだろう……」

 イクルドは、サルダンの肩を軽く叩き、気を引き締めさせる。

 しかしながら彼も、今回のことで世の中は広いと思い知らされた。


 アムトゥラミュクムの存在にも驚かされたものだが、それを “ 母 ” と慕う怪人達がいて、それらは災害級の魔物を容易く仕留め、その巨大質量な体を軽々と運ぶ強さを有している。




 サーペント・ガ・イールに遭遇したというだけでも生を諦めるレベルの出来事だというのに―――彼ら一般の兵士にとって、この数時間の出来事は一生でも随一に衝撃的な事が集中した時間となった。



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