第329話 風のお嬢様は覚悟が出来ている
マサウラームの町が壊滅した頃、ルイファーンは避難民たちのリーダーとして彼らを導き、サーナスヴァルの町にたどり着いていた。
「話はつけてまいりました、全員受け入れてもらえます。みなさん、ご安心なさって!」
小柄なラクダに騎乗するルイファーンがそう述べると、サーナスヴァルの町の外に待機していた人々は、ワッと歓声をあげる。
しかしルイファーン自身は、少し不安げな表情を浮かべていた。
マサウラームに魔物の群れが迫っている―――それを聞かされたのは、実際に襲来する数日前のことだった。
襲われている近隣の町や村が、抗いきれずに滅んでいることから、やがてマサウラームにも襲い来ることは明らか。ゆえにジマルディーは残存兵力をまとめて残り、町の人々をルイファーンに託して避難させた。
それ自体は賢明な判断だったと言えるだろう。だがジマルディー自身が町に兵と共に残ったのは、あまり良い判断ではない。
これ以上、魔物たちが突き進むのを食い止めなければならないと考えたのだろうが、エッシナ方面に対スタンピードの戦力を拠出していたせいで、マサウラームに残っていた戦力はあまりに少なく、残念ながらルイファーンの目から見ても敗北必至だった。
それでもルイファーンが素直に父の言う事に従ったのには、理由があった。
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数日後、覚悟していたの一報が舞い込んだ。
「(さようなら、貴方は良い
既に母、ヴァリアスフローラから己の出自も、ジマルディーが本当の父でない事も昔に聞いている。
なので死亡の報を聞いても、そこまで悲しくはなかった。
ルイファーンは表向き、ジマルディーの実子という事になっている。それは他ならぬヴァリアスフローラの判断だ。無論、ジマルディーはそれを信じてまったく疑っていなかった。
ヴァリアスフローラは、ルイファーンをジマルディーの実の娘とする事で、我が娘にジマルディーのエスナ家を継ぐ権利を受け継げるように考えた。
母は、その美貌ゆえに薄幸の半生を送って来た事をよく聞かされたもので、そんな母の最大の不幸とは、己を守る
ゆえに
そしてヴァリアスフローラ自身も、ジマルディーの妻という立場を利用し、後宮で王妃の教育係を務めたことで、国家中央と太いパイプができた。
「(お父様……
どの道、エスナ家に他に継げる子はいない。
この母子が、ルイファーンにジマルディーの血が流れていないことを公にしない限りは、普通にルイファーンがエスナ家を継ぐのは当然となる。
「父、ジマルディー=アル=エスナは戦死いたしました。これより、父のすべてをこの
マサウラームの避難民が集う前でそう公言すると、ワッと場が沸き立つ。
町こそ壊滅してしまったものの、リーダーと住人が無事であれば復興は叶う。先行きは決して真っ暗ではない―――希望は繋がっていた。
とはいえ、そのためにはルイファーンにもやらなければならない事もあった。
「では、行ってまいりますわ。あとの皆の取りまとめの方は、よろしく頼みますわね、エンクル」
「は、お嬢様の御無事をお祈りしつつ、しかと留守をお預かりいたします」
エンクルはジマルディーに仕えていた執事の1人だ。
執事といっても万能的に優れた初老の紳士で、ジマルディーもよく多くの人手のいる案件などを任せていた。
細手で戦闘こそ不得手だが、それ以外のことはお手の物で、留守を任せるには最適だった。
「では出してくださいな」
「ははっ! では出発いたします!」
馬車の御者横に座る、護衛の長ハヌラトムが号令をあげ、ルイファーン一行はサーナスヴァルを出立した。
「(王都のお母様のところへ……長い道のりですわね)」
王都の母ヴァリアスフローラに会い、さらに王宮にてジマルディーが戦死した事と、その後を自分が継いだ事を正式に報告し、手続きをしなければならない。
だがサーナスヴァルから王都までの道のりは果てしなく、ゆうに500kmはあるだろう。
途中、エル・ゲジャレーヴァに立ち寄り、ムーやナーに会っていくつもりではあるものの、そこも何やら乱れていると少しばかり情報が、彼女の耳に入っている。
護衛の私兵達は信頼できる……とはいえ、確実に世の中の危険度は増している。
ただの500kmの道のりではない。
ルイファーンは命がけの旅になりそうだと、一筋の冷や汗を流した。
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