第330話 アムトゥラミュクム、後宮より出陣す
『(ふむ……ルイファーンが移動しはじめよったか。道中の無事を祈りましょう)」
ルイファーン一行が、サーナスヴァルの町を出発して移動しはじめた事を感じ取った
『(どうやら、学びは終えたか―――はい、大変有意義なものでした)」
自分同士が語らい合うという奇妙な感覚。
だが、だからこそ意思疎通に多くの時間を必要とはしない。いや、語り合うまでもなく最初から疎通できていた事だ。
『(なれば、次は―――経験を積むことですね)」
自分が問いかけ、自分が答える。それは一人遊びも同然。
だが、アムトゥラミュクムが分離・受肉する事を決定した時から、アムトゥラミュクムとシャルーア、同一人物であるはずの二人はまるで、別人のように意志を交わし合う語り合いを、本当に分離した後を見据え、精神の世界にて練習し始めていた。
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『……やれやれ。どうやらぐうたらしておる時間は終わりという事か』
そう言うと、アムトゥラミュクムは背伸びをし、おもむろにソファーから立ち上がる。
周囲で共にお茶をしていた側妃達が何事かと驚くが、彼女達を代表してハルマヌークが何かを察しつつ、問いかけた。
「……
『うむ、さすが聡しいものよ』
「誰か、ヴァリアスフローラ様を呼んできて」
静かに、騒がずに、ハルマヌークはアムトゥラミュクムの世話をする。
何も言わずに脱ぎ始めたそのドレスを受け取り、以前シャルーアが着用していたドレスを、何を言われるまでもなく持ってこさせる。
ハルマヌークはもう立派に、後宮の……そして、一国の王の妃が務まる女に成長していた。
『おや? かようなデザインであったか??』
「ふっふーん! 髪も伸びてるし、こっちの方が似合うかなと思って、私が直々に仕立て師に注文をつけたの!」
側妃の一人、エマーニが自信満々にそう言う。
周りはその態度に苦笑しているが、アムトゥラミュクムはドレスを眺めて満足気だった。
『多少布は増えておるが、動きやすさに代わりなし……良い改良を施してくれた、大義である』
瞬間、偉大なる波動が周囲を満たす。エマーニの全身にビリビリとした威風が張り付いてきて、ゾクゾクとした感動に小柄なその身を震わせた。
神の波動―――そして、神に褒められたという実感が、魂で感じて、途方もない悦びが沸き起こる。
そんな感動に焦がれたエマーニの視線を浴びながら、アムトゥラミュクムは新しいドレスを身に纏った。
――――――1時間後。
「では、アムトゥラミュクム様自ら出向かれる、と……」
ファルメジア王は申し訳ない様子でシュンとなっている。本来なら神のお手をわずらわせるなど絶対にありえない事だ。
しかし、国内事情がひっ迫している今、安心して後宮にて鎮座していてくださいとも言えなかった。
『そう哀しそうな顔をするものではないぞ、ボウヤ。どのみち
そう言って下腹部を撫でまわすアムトゥラミュクム。それは他でもない、シャルーアの子宮がある辺りだった。
「さ、さようでございますか……。で、でしたらせめて、確かな者を護衛に付けましょうぞ」
ファルメジア王は、まるで何とか孫に構いたがる祖父母のよう。
その様子を面白がって笑うアムトゥラミュクムは、ならばと一つ提案した。
『リュッグとアワバらを連れゆく、それで十分―――と、言うたところで納得はすまい。しかし、ただでさえ兵に余裕はないのであろう? ならば我に一つ、アテがあるでな……
そう言いながらファルメジア王に見せたのは、手の平の上に浮かぶようにして蜃気楼のように現れた、遥か遠方と思しき映像だった。
「?? 彼らは一体? お知り合いでございまするか?」
『ある意味、非常に稀有な存在よ。シャルーアを ” 母 ” と慕う者どもでな……元は知能の高き野の妖異であったが、かつて出会いて生活を共にした頃より進化を繰り返し、今ではその姿も存在もほぼ人に近しいモノとなりつつある様子―――ふむ、そうよな、
ファルメジア王はポカンとするしかない。
何せ妖異とは、傭兵達の呼称するところの魔物だ。そんな者から “ 母 ” と慕われたという。それも進化を繰り返し、人に近しい存在になりつつある?
あまりに衝撃的で、何といえばよいのかまったく分からず、困惑するばかりのファルメジア王を、アムトゥラミュクムはさも愉快げにクックックと笑いながら、映像の向こうで生活に勤しんでいる怪人達の様子を、微笑ましく眺めた。
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