第328話 現実とは無情無力の塊である




――――――とある日の昼間。


 いつものように昼間から後宮に、神の御機嫌伺いに訪れるファルメジア王。

 だがこの日は、いつもと違う言葉を投げられる事になった。




「い、今なんとおっしゃられましたか、アムトゥラミュクム様??」

『エッシナの辺りの騒がしさが広がる―――と言うた。これまでは軍人がよく押しとどめておったようだがの……おそらくこの気配……漏れて・・・おろうな』

 エッシナのスタンピードは確かに結構な規模だ。その暴れ狂う魔物の群れの全てを抑えきる事が難しいのは常々わかっていたこと。


 しかし、捻出できるものは早々に捻出し、現地に当てている。

 比較的距離の近い、大きな町などにも戦力をはじめとした様々な支援を要請し、出してもらった。




 つまり裏を返せば、あの戦地に近い町や村には、戦力があまり残っていないという事―――一帯の町や村が、その漏れ出た魔物達に蹂躙されかねない。


漏れた・・・気配は……南東向きに動いておる。群れが広がって密集こそしてはおらぬものの、数は100から200はおるな』

 魔物の強さにもよるが、スタンピードの一部だった荒れ狂う魔物達だ。弱い個体ばかり、などという事は決してないだろう。


『……残念ながら、この様子では既にいくつかの小さな村や町は犠牲になっておるな。エッシナの辺りよりその群れがいる現在地までの合間に、人の生命力が感じられぬ』

「っく……」

 ファルメジア王は拳を握り、悔し気に歯噛みしながら、沈痛な面持ちで下を向いた。

 話によれば、国境を挟んでのケイル=スァ=イーグ側の被害も拡大しているようで、国境に近い村や町は既に壊滅し、その惨状はまさに目を覆いたくなるモノだという報告も上がっている。

 ケイル側は自業自得だが、自国の民を守れなかったという実感が、王の心を焦がした。



『そう気に病むでない、ボウヤ。くるも死ぬも、生物の定め……いかな強権を有した者とて、無辜むこの民草の全てを守り切るなど叶わぬことぞ』

 神ですら、一切の犠牲をなくす事など出来はしない。

 ましてや、国王という権力者といえどもただの人間だ、出来る事などたかが知れている。


 それを理解できても、王という責任ある者ゆえに、その悔しさは抑えきれなかった。


『……今よりそのようであっては、これからが耐えられんぞ? 被害は今なお拡大しておるのだからな』

「ハッ!? そ、そうでした、こうしておる場合ではっ……アムトゥラミュクム様、わたくしめはこれにて失礼致しまするっ」

 ファルメジア王は慌てて後宮を後にする。


 そのただならぬ様子を見送る側妃たちにも、緊張感が走った。




『(やれやれ、本当にボウヤはしようがないのう。……我が手を貸したとて、間に合わぬは間に合わぬ、か)』

 アムトゥラミュクムは軽く姿勢を正し、それでも傍目にはリラックスしてソファーに腰かけてるようにしか見えない態勢。

 ゆっくりと両目を閉ざし、小さく薄く……しかし長く呼気を吸って吐いた。


『(結局のところ、この魔物どもも人の欲に利用された結果……人類という大きな枠組みで見たならば、連帯責任と言えよう。が……その咎はすでに十分であろう。―――失せよ、狂気に魅入られし妖異どもよ、我が領域をこれ以上踏み荒らすは許さぬ……)』


 フォオッ……


 一瞬、アムトゥラミュクムの長く伸びた髪が明々あかあかと輝きながら、その毛先が浮かび上がった。


 それと同時に広がる円環の光は、一瞬で人の目には見えなくなるも、世界に溶け込むようにして広がってゆく。


 王都ア・ルシャラヴェーラより広がり、一度大きく南北の国境付近にまで輪が到達したかと思えば今度は集約していき、マサウラーム近郊辺りにまとまった。







――――――マサウラームの町。


『! ヴオアオアオオオ!!』

『ガアァァッァ!!』

『ギャァアギャアァッ!!』


 魔物達が一斉にざわめき始める。そして何かに怯えるようにして逃げ惑い始め、やがて姿を消した。



「……助かった、のか?」

 町の治安維持を担う兵士の1人が、ボロボロの我が身も省みず、一気に脱力してその場に両膝をつく。


 だが地面に足がついた衝撃でハタと思い出し、すぐさま立ち上がった。


「じ、ジマルディー様は!? ジマルディー様、ジマルディー様ぁ!!」

 自ら武器を取り、押し寄せた魔物達と戦った町長。

 元より豪傑たる肉体をした男で、その姿は実に頼もしいものであったが、やはり多勢に無勢である。


 激しい乱戦の末、バラバラになった彼らは、懸命に戦い続けた。

 辺りを見回せば、町の惨々さんさんたる光景ばかりが目に映る。


 倒した有象無象の魔物の死体が転がり、逃げ遅れた町民の骸が苦悶の表情でこちらを見ている。


 建物には無事なものが一つもなく、マサウラームの町は、あまりにも見る影のない廃墟と化していた。


「ジマルディー様、ジマルディー様ーっ!!」

 呼べど叫べど、返る声はない。

 当人はおろか、他の仲間の兵士達すら気配を感じない。


 まさか、生き残ったのは自分一人だけなのか?? そんな不安がこみ上げてくる。


 その時、大きな魔物の死骸がグラリと揺らぎ、一回転して横に動いた。その陰から……




「! ジマルディー様、ご無……事……で、……―――」

 駆け寄った兵士は絶句する。

 筋肉が右肩から胸部、腹部にかかる辺りまでベロリと引き剥がされたような傷は、完全に助からない類のもの。


 むしろ、ジマルディーがまだ微かに意識があるのが不思議なくらいだ。


「……生存者は、いた…か………、……どう……な、った……?」

「は、はいっ、残りの魔物どもは町から離れていきましたっ。我々の勝利です、ジマルディー様っ」

 するとジマルディーは、口元を僅かに歪ませる。笑ったつもりのようだが、笑みとは言い難い、本当に微かな動きだった。


「そう、か……、……これ、も……致し……方な……い……我が罪……ゴフッ」

 ジマルディーが吐血すると同時に、全身の傷が血を吹く。


「ジマルディー様っ!!」

「……伝え、て……くれ、……ヴァリアス……フローラ、に……。……、……これ、で……―――、―――――――……と、……、……、………………」

「ジマルディー様? ……ジマルディー様っ!!」


 しかし、兵士の呼びかけに返事はなく……




 マサウラーム町長、ジマルディー=アル=エスナ―――戦死。



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