第312話 可愛らしい報告と戦慄の報告




 アムトゥラミュクムが顕現したといっても、王宮や後宮の在り方が大きく変わったわけではない。


 強いて変化といえばアムトゥラミュクムがただ、後宮に居候してるだけ。


 しかし、それだけで十分なのだ。神はいるだけで周囲に影響を与えるのだから。




「私、最近調子がいいのっ」

 そう言って、どや顔で慎ましい胸を張るエマーニ。

 デノとアデナラは、なんかすみませんと彼女の後ろから両手を合わせて頭を下げるジェスチャーをした。


「そ、そう? うん、いいんじゃない? 何がどういいのかはわかんないけど」

 ハルマヌークは若干引き気味に応対した。さすがにいくらなんでも、いきなりやってきて自分絶好調ですアピールされても、どう応対したものか困る。


『ふむ、肌艶がよくなっておる。肉体の生体生理調律バイオリズムも良好な状態で安定しているゆえ、快調に感じるのも当然よな』

 アムトゥラミュクムの両目が、極一瞬だけ輝いたかと思うと、スラスラと何やら難しい言葉を交えて述べる。

 4人は軽く?を浮かべつつも、おおよそのフィーリングで理解したようで、誰も深くはつっこまなかった。


「え、ええ、そうなんですアムトゥラミュクム様! これって私思いますに、アムトゥラミュクム様の影響なのですか?!」

 実際、ハルマヌークやデノ、アデナラも最近、何となく自分の調子がいいと感じていた。

 他の側妃達にしても体調がいい、気持ちが安定してる、心身が健やかな気がする等々……以前よりも何か自身の調子が良い感覚を感じていた。


『で、あろうな。我がこうして顕現しておる以上、周囲に我の影響は及ぶ。その微々たる波動が、生命力に恩恵ある効果をもたらす……其方そなたらの調子良きは、その結果であろう』

 そう言って焼き菓子を頬張るアムトゥラミュクムは至極リラックスしていた。

 

 彼女自身は、特に何をするでもない。ただ存在しているのみ―――だがそれで十分なのだ。

 神が力を僅かでも振るう事は、世に甚大な影響を及ぼし、それは安定や恩恵ではなく乱れに通じることもある。

 ゆえに神は何もしない。ただそこにあるだけで十分過ぎるのだから。


「やっぱり! 私の推理通りでしたでしょう、デノ、アデナラ?」

「は、はぁ……」「うん、そだねー」

 まるで子供のようにはしゃぐエマーニ。いつもの取り巻き二人は軽く疲労感をにじませながら相づちを打った。


「ふっふっふー、これなら夜の方もいけるかもしれないわっ。ハルマヌークさん、私だって負けませんわよー」

「あー、うん、まぁ頑張ろうかー、お互いにー」

 ハルマヌークも、元気だなぁとほっこりした気分でエマーニの相手をした。


 そんな彼女らのやり取りを見ながら、アムトゥラミュクムは小さく、何か思うところがあるとばかりに呟いた。


『……ふむ、、か……』



  ・


  ・


  ・



 その頃、王宮ではようやくその情報がもたらされ、ファルメジア王以下が衝撃を受けていた。



「ま、まことか……まことにエル・ゲジャレーヴァが壊滅した、……と!?」

「は、はい……敵の動きが洗練されており、幾度となく伝令が放たれたものの、途中で駆逐されてきたようで、このたび王都にたどり着きました者も酷い深手を負っており……」

 冷や汗を拭いながら報告する官僚も、あまりの事で上手く口が回っていない。

 いつもなら要領よく報告できるはずが、ほとんど下からあがってきた書類をそのまま読み上げるような形でしか言葉にできずにいた。


「へ、陛下……これは由々しき事態ですぞ」

「まだ東側ならば分かりまするが、西側の……それもワダンが攻めて来たという事でもないというのに、護将の一角がやられるなど、思いもしなかったこと」

「エル・ゲジャレーヴァが崩壊とは、一体敵とはいかなる相手か?」

 大臣達は皆不安げだ。

 とにかく、何が起こっているのか状況の全容を知りたい―――ファルメジア王は厳しい表情を浮かべつつ、報告する官僚にさらなる情報を出すよう視線を送った。


「そ、それが……ほ、報告によりますれば、エル・ゲジャレーヴァを襲ったのは、その……」

「なんだ、早く先を言え、先を!」

 焦れた大臣の1人が声を荒げる。その隣の大臣がまぁまぁと宥め、場にいる者達が一度、深呼吸をする時間が出来る。


 それを待ってから、官僚は信じられないその報告書を読み始めた。



「エル・ゲジャレーヴァを襲った敵は、魔物化した元人間―――それも、エル・ゲジャレーヴァの大監獄に捕えていた囚人たちだった、との事にございます」

 再びのどよめきが起きた。

 エル・ゲジャレーヴァ崩壊も当然ながら大事おおごとだが、それ以上に敵が、魔物化した人間というのが聞き捨てならない話であった。


「皆の者、一度落ち着けい。口々に声をあげてはまとまる話もまとまらぬ」

「し、しかし陛下! 魔物化した人間などと!」

「そうですぞ、黙っていられるわけがありませぬ。魔物化の話は昔よりございますが、方面軍一つを崩壊せしめる等というような規模の―――ハッ!? そうだ、数は……敵の数はいかほどか!?」

 そう、問題はそこだ。


 一体どれほどの敵がエル・ゲジャレーヴァを攻撃したのか? ただでさえ、戦力に余裕がなく、ひねり出すようにして工面しているファルマズィ=ヴァ=ハールの軍事事情だ。


 正直聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。一度全員が静まり返る。

 報告する官僚も、ゴクリとツバを飲み、呼吸を踏まえてから静かに切り出した。




「敵の数は……およそ1万……魔物化した異形の人間が約1万人・・・・、です」



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