第313話 呑気な神と悩める王様




「―――だ、そうだ。エル・ゲジャレーヴァの……グラヴァース殿達がどうなっているかまでは分からないと」

 リュッグは、後宮にてアムトゥラミュクムに報告するような形で、ファルメジア王から聞き及んだエル・ゲジャレーヴァ崩壊の件を伝えた。


 王自ら話に来ないのは、大事に際して一気に多忙化したがゆえだ。とにもかくにも情報収集と対応策の協議で、大臣達との度重なる会合は荒れに荒れていた。




『ふむ……道理でな。北西の方角が何やらザワつく感じがするとは思っておったが――妖異化現象は、今世いまよでも変わらずあるのだな』

 一大事を聞いても、アムトゥラミュクムは特に慌てるでもなく、リラックスしたままだ。ある意味この物事への動じなさは、シャルーアに通じるものがあるなと、リュッグは感じながらも、心配を口にする。


「アムトゥラミュクム様もご存知の通り、ムーやナー……特にムーは出産を控えていた身だ。いくらあいつらが覚悟の出来ている者だとはいえ―――」

『―――心配か、リュッグ? まぁそう気にせずともよい、3人ともちゃんと生きておるでな』

「! 本当か、何故そんな事が」

 言いかけて止まる。神ならそれくらいは分かるのだろう。

 人間は距離や空間を物理的に理解しているが、先の呪術の話などにも見受けられるように、非物理的な感覚が概念というものが、神ともなればあるのだろう。


 ならいかに王都ア・ルシャラヴェーラとエル・ゲジャレーヴァが200kmほど離れていようとも、関係なく知覚認識できたとしてもおかしくはない。


『フフ……期待にそえぬで申し訳ないが、今はこうして肉体に顕現しておる身ゆえ、そこまで我とて万能ではない。が、忘れておらぬかリュッグ、確かこの地へと旅立ってくる前、預け物・・・があったと記憶しておるが?』

「! シャルーアの刀か!? しかしアレはメサイヤ殿に預けたはずで……ファーベイナとエル・ゲジャレーヴァではまだ距離が離れているだろう」

 しかし、アムトゥラミュクムはさも面白いと言わんばかりに微笑んだ。


『どうやらそのメサイヤはエル・ゲジャレーヴァに向かっているようでな。おかげで刀もエル・ゲジャレーヴァに近づいておる。……シャルーア、すなわちわれがしばらく持っていたあの刀は、我の力を多少なりとも伝達できおる状態にある。故に刀の近く……数十キロ程度の範囲の気配は手に取るように我には把握できる』

 思っていたよりかはいくらか現実的―――それでも人の域をこえた力には違いない。


 しかもアムトゥラミュクムは、さらに言い放った。


『こうして気楽にしておる間も、我の加護をあの刀を通して送っておるでな。異形化した元人間など恐れるに足らぬ。少なくとも今しばらくは、心配することもない。安心するがよい』

 自信満々。最悪の事態はあり得ぬと言わんばかりだ。


「そ、そうなのか……さすが、アムトゥラミュクム様だな」

『おぬしは様付けでなくともよいと言うたであろう、リュッグよ? 我の保護者なのだからな、フフッ……―――ああ、もっとも、あの刀が我の手より離れて久しいゆえ、いつまで力が届く状態が続くかは分からん。ゆえに対応策は速やかに必要に変わりなしと、あのボウヤには言っておくがよい。どうにも今世いまよの人間は猶予があると知るや、ゆるみやすい傾向があるのが何とも危ういでな』



  ・


  ・


  ・


 リュッグ経由で話を聞いたファルメジア王は、返す言葉もないと己を恥じた。


「まさしく、この国の怠慢そのもの……さすがはアムトゥラミュクム様であらせられる」

「まぁ、平和が長く続けば多少なりとも腐るのは仕方ないな。それを反省してこれから何をするかのほうが重要なはずなんじゃないか?」

 後宮から戻ったリュッグは、ファルメジア王を軽く咎めるような空気感をかもしながら述べる。


 もちろん気を引き締めて国政にかかってもらいたいからだ。多くの国難に際して、アムトゥラミュクムの力に頼らんとした気持ちは理解できなくもないが、それではいつまで経ってもこの国は弱いままだし、何よりアムトゥラミュクム=シャルーアの今後の人生にも影響を及ぼす。


 神秘の力を崇拝するのは良い。が、それに頼り切りになっては頼られる側はそのためだけに生きさせられる事になりかねないのだから。


「ともあれ、エル・ゲジャレーヴァの状況は悪いが最悪ってことでもないらしい。一応は方面軍の将のグラヴァース殿が残存兵力を指揮して、ヨゥイ化した敵連中と善戦してるようだし、メサイヤ一家が増援に加わりそうだしな」

「? リュッグよ、そのメサイヤ一家というのは??」

 そういえばファルメジア王はまだ知らなかったかと、リュッグは一呼吸おいて話題をそちらに切り替えた。




「メサイヤ一家は、端的にいえば野の賊徒の集団だ。ただ普通の賊とは違って、ファーベイナ近郊のヨゥイを狩って生計を立てていた連中でな……頭のメサイヤという人物はかつて、シャルーアの家で雇われていた私兵だった男だ」

 王の立場からすれば、賊徒の存在など害悪としか感じないものだろう。


 だがメサイヤ一家の実力は本物だ―――総勢約1000人と、賊としては大規模な集団だが、軍事戦力としては少数。なれど普段から魔物退治しているだけあって戦い慣れている上に、頭目のメサイヤはかなり優れた将器と個人の武力を持った男だ。


 その純粋な戦闘力は、万人の正規軍兵士にも劣らないとリュッグは思う。


「……グラヴァース殿の元にどれだけの戦力が残っているかは分からない。だが敵が1万の元囚人というのなら、ある意味―――」

「毒には毒を、ということか……ふむ」

 話を聞いても、ファルメジア王はそれほどメサイヤ一家に嫌悪感を感じなかった。

 何せ今、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国に軍事力の余裕がない。かつては傭兵ギルドに圧力をもって働きかけ、国内の難儀な魔物への対応強化をさせたほどだ。


 むしろ野に、相応の戦力が眠っていたことが今は喜ばしい。しかも賊の類とはいえ、シャルーアに仕えていたことのある男が指揮をとっているというのであれば、まだ並の賊徒よりかは安心できる。


 そして同じ穴のむじなだ。メサイヤ一家は元囚人の思考などをくみ取りやすいと見ることもできる。




「ふーむ……なかなか興味深い者達ぞ。リュッグよ、どうにかしてその者達に余の意を伝えることはできまいか?」

 手紙……いや、必要ならば一定の権限を正式に与えるような王直々の勅命書を送っても良い。エル・ゲジャレーヴァの乱にて十全に働いて貰えたなら、後に多くの褒賞を用意するのも厭わない。


 だが、伝令1人ですらエル・ゲジャレーヴァからこの王都にたどり着くまでに苦労し、時間もかかった。結果、ファルメジア王がエル・ゲジャレーヴァの崩壊を知るまでに大きなタイムラグが生じてしまっている。


 はたして王都から現地に向けたものがスムーズに届くかも怪しい。




 するとリュッグは、試してみる価値はあると呟きつつ、王に一言申した。


「アムトゥラミュクム様にお願いしてみましょう。あるいは簡単なことであれば意を伝えることもできるかもしれない」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る