第300話 神との邂逅
――――――かつて、この地には人間の国などなかった。
闇が、異様が、醜悪なる暴力が……この世の地獄と呼ぶにふさわしい暗黒の世界が広がっていた。
力なき者は虐げられ、残酷にして凄惨なる死を強制されるそんな邪悪に満たされたこの地に、ある時、光が射した……
「異邦なる者、到来したりて彼と、彼の仲間達が邪悪を討ち
ファルメジア王は淡々と語る。
シャルーアを内包する巨大火球をじっと眺めながら。
「この王都、ア・ルシャラヴェーラを置くこのバーヴァウランズの地こそは、その終焉たる地……」
フォオオオオオウウウッ……
それは、炎が勢いよく動き回る音というよりも、何か大いなる息吹のように、一同の耳には聞こえた。
次の瞬間。
ッヴォアアアアッ! ヴァウウウンンンッ!!!
球体は集束して消え、少女の身体が中空に残る。しかし、その姿は様変わりしていた。
「しゃ、シャルーア……なのか? あれが??」
リュッグは息を飲んだ。
おそらくはファルメジア王も初めて見る光景なのだろう、全身で緊張している様子が伝わってくる。
ヴァリアスフローラも、これは一体何なのかと戸惑いながらも、変貌したシャルーアから目を離せないまま押し黙っていた。
『………ふむ、汝らか? 我を起こしたのは』
中空のシャルーアが口を開く。しかし声はそのままでも、まるで存在感が違う。
ビリビリと強く感じるそれは、まさしく大いなる神を前にしたらこうなるだろうなというような、あまりにも恐れ多い感覚が、生物の本能から沸き立ってくるような気がする。
事実、ヴァリアスフローラは思わず跪いていた。自分でそうしようと思ったわけでもないのに、身体が勝手に動いたのだ。
一方でリュッグはその衝動に耐えきる。だがそれでも、見上げるように浮かぶシャルーアの姿を見据えたまま、その場に佇むだけで精一杯だった。
「あ、アンタは……シャルーアなのか? それとも……神、なのか」
懸命に問いかける。擦り切れそうな声を出すというのは、リュッグにとってはじめての経験だった。
『そのどちらでもある……というが正しいであろうな。汝らの意するところの神とは、真なるとは根本的に違えている……故に、汝らに “ 神 ” たるが存在を理解しきる事は叶わぬ』
「そう、なのか……」
『それで? 我が問いには応えてはくれぬのか?』
リュッグはハッとした―――しまった、と。
人間同士のマナーでさえ、質問に質問を返すは無礼。相手が “ 神 ” であるとするならば、欠礼は致命的になりかねない。
するとファルメジア王が慌てて口を挟んだ。
「申し訳ございませぬ、アムトゥラミュクム様。貴女様を御起こし致しましたるは、
するとシャルーア――――――アムトゥラミュクムは、スーッと中空から降りて来る。
その神々しさたるや、まさしく降臨という言葉がふさわしく、3人は再三にわたって息を飲んだ。
シャルーアが纏っていたドレスは完全に燃えてなくなっての全裸状態。
さらにはどういうわけか、髪の毛が長く伸びている。肩口までしかなかった髪が、足元までかかるほどの、ロングストレート……加えて一部の赤かった部分が全体に広がり、髪色が赤へと変色し、燃えるように輝いている。
元より
にも関わらず、恐ろしく神秘的な雰囲気を纏っているのだ。たとえいかなる色狂いな男であったとしても、彼女を見て劣情を催すことはないだろう。
『……ほう、面影がある……
「アムトゥラミュクム様は私めのご先祖様の事をお覚えで?」
『我は、既に
語る言葉はところどころ独特ではあるものの、3人は何とか意味を介する。
「(つまり、シャルーアのご先祖が神って事なのか……)」
『
アムトゥラミュクムがそう述べた時、リュッグはギョッとした。
「……心が、読める……のか」
「! ほ、本当に……神、様……なの?」
リュッグとのやり取りから察したヴァリアスフローラが、自分の両肩を抱いて震え出す。どちらかといえば理知的な思考の仕方をする彼女だ、超常の存在にはまず畏怖を覚えることだろう。
『恐れる必要はない、我はこの娘、シャルーアでもある―――我とシャルーアは異なる存在ではなく、同一……汝らに理解しやすく述べるのならば、我はシャルーアのいまだ扱いきれぬ “ 力 ” と “ 理解 ” の権化、あるいは一部位……とでも言うべきか』
抽象的ではあるが、リュッグは理解した。
人は誰しも、己というものを100%理解し、己の全てを完全に日常で用いているわけではない。
そこにきて、特別な生まれのシャルーア自身が、その特別な部分を把握し、コントロールできないとなれば、本来なら暴走という形で表出したはずだ。
しかしこれまで、自身や周囲の者の危機に反応して変調をきたす事こそあれど、明確に暴走と呼べる現象はなかった―――つまり、シャルーアの中にその特別な部分をキチンと管理しているところは存在していた、それが彼女なのだ。
『正確とは程遠いが、人なる身にしては上出来の部類であろう。その理解で良い』
「ど、どうも……」
『それで、あのボウヤの子孫が、我を目覚めさせたるは何たるか? 用向きを答えよ』
アムトゥラミュクムは少し
頭を深く垂れていた王は、なればと一気に頭をあげ、真っすぐに彼女を見返した。その形相は―――必死だ。
「我らが神、アムトゥラミュクム様! 今一度……今一度っ、この愚鈍なる私めに、
その意味を理解した瞬間、リュッグとヴァリアスフローラは軽く凍り付いた。
それは神に対し、自分の子を産んでくれと言っているのだという事。
シャルーアに比べて表情豊かなアムトゥラミュクムは、明らかに不機嫌さを増していった。
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