第299話 それは始まりか、終わりか……




「―――と、いった具合で、こうして兵士に変装して、潜り込ませてもらったワケだが……なるほどな、ここが “ 御守り ” とやらに関する重要な場所というわけか」

「………」

 ファルメジア王は無言のまま、慎重にリュッグを伺った。


 何が目的なのか。

 ヴァリアスフローラが懐柔されてしまったのならどこまで聞き知りえているのか。


 態度や雰囲気から相手の真意を探ろうとする視線に、リュッグは思わず苦笑する。




「(本当に、国は変われど……だな)」

 上流階級者は語りたがらない。僅かな所作や態度、表情などからくみ取り、分析し、察し、理解する。

 悲しいことにそれがその身にしみついている者達―――もっとそれは、リュッグ自身も同じ。王の様子から何を思い考えているかを察しているのだから。


「警戒は当然だが……先に手を出したのはそっちだ。いくら一国の王でも強引な手段に出たのは感心しないな……いかに国難に直面しているとはいえ、な」

「傭兵風情・・には分かるまい、そのいかに・・・直面しておる国難の重さたるや、想像すらでき―――」

「隣の大国の戦争気運、国内の魔物の増加と活性化による被害拡大、エッシナで発生したスタンピードに、それら全てが影響を及ぼす経済への打撃……」

「ぬ……?」

 ファルメジア王は驚いた。リュッグが淡々とあげていく問題の数々に。


 王に限らず上流階級身分の人間は強権を有するだけに、自分達が全てを把握しているような万能感を、そうと自覚しない無意識のうちに抱いてしまいやすい。


 そしてそれだけに下々の者は理解していないと決めつけがちだ。だが……



「そのくらいの頭はあるさ。ああ、そこに1つ追加してやろう、仲間が得た情報だが……エル・ゲジャレーヴァが壊滅したかもしれないんだとさ」

「な、なに!?? 馬鹿な、そのような話、余の元には―――」


「そりゃあそうだろう。旅人のウワサ話程度……それもつい先日だ。王様にあげる情報に不確かがあっちゃいけないってんで、だいたい精査や確認に何日かかけるだろうしな。もっと言えば、その壊滅にはこの王都にいる貴族のどなたかさんも一枚噛んでるなんて話もある……ソイツが良からぬ事を考えている、なんていう話もな」

「―――!!」

 年もあってか、ファルメジア王はかなり衝撃を受けているようだった。

 思わず祭壇の書物を祀る台に手をついて、支えにしてしまうほどに動揺している。



「まぁ、その辺の話は本当なら近々あがってくるだろうよ。それよりもだ、俺とシャルーアは本来、アンタに聞きたいことがあって、この王都に訪れた…… “ 謁見 ” に随分と時間はかかったが、まず色々と話を聞かせてもらいたいな」

 明らかに皮肉をこめた ” 謁見 ” の言葉を聞いて、ファルメジア王は観念したかのようにフッと笑むと、崩れかけた態勢を立て直した。


  ・

  ・

  ・


「……それで、一体この余に何を聞きたいと申すか?」

「シンプルだよ。シャルーアの出自について、だ」

 リュッグの言葉に、王は肩眉をピクリと上下させた。


「―――彼女は亡き親から何も聞かされていない……だが、共に旅する中で、確実に普通ではない何かがシャルーアにはある、間違いなく。彼女を保護し、連れた者としては、シャルーアの今後の生を考える上で、その出自と秘めたる謎は知っておかなければならないものだと感じた」

「なるほど、確かにコレの母が亡き今、そのこと・・・・を知っておる者は王たるワシ一人、故に聞きに来たと」

「そういう事だ。……この場所も関係があるんだろう? そのこと・・・・に」

 すると王は、かなわんなと言う様子で微かに笑むと、シャルーアに書物を預け、祭壇を降り始めた。

 一緒に降りようとしたシャルーアを片手で制すると、一人だけ階下まで降りきる。




 そしてクルリと反転し祭壇と、そこにいるシャルーアに対して―――膝をついた。


「! へ、陛下??」

 ヴァリアスフローラが驚く。これではまるで、シャルーアに対して敬礼をしているようにも見える。


「ヴァリアスフローラは深くは知らぬゆえ、驚くは無理もなかろう。じゃが……これが、これこそが本来の正しい在り方―――我らが真なる主、それは貴女様にございまする、アムトゥラミュクム・・・・・・・・・様」

「……」

 シャルーアは驚いている。いや、表面上は驚いている様子は見られず、いつも通り平然とした感じだ。


 しかし祭壇の上に立つ少女は、リュッグの目から見て明らかに戸惑っていた。しかし―――


「(あの戸惑い方……困惑しているというよりもむしろ、それはいけないと言うかのような感じだ)」

 シャルーアは何かを理解している。それは具体的などうこうではなく、感覚的に。


 自分に対して王が膝をつき、上位者に対する敬いの態度を取ることを良しとしていない。



「…………」

 だがシャルーアは声を出さない。いつまでも無言を貫く。


 これは何かある―――リュッグは嫌な予感がして、祭壇に向けて走り出そうとした。

 しかしすでに遅かった。



 フォオオッ! パァアアッ!!!



「!! シャルーア!?」

 少女を中心に、急に風が渦巻き放たれた。本がパララッと音をたててめくれたかと思うと、シャルーアの全身から炎が上がる。


 それはたちまち巨大な火球と化し、祭壇の上の中空へと浮かび上がる。その中にシャルーアは浮かんでいた。意識があるのかどうかも分からない。



「……この国の真なる支配者がお目覚めになられる」

 ファルメジア王はそう呟くと、被り物を取って床に置き、頭を垂れてじっと、その時が終わるのを待った。



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