第284話 くつろぎの昼下がりに御機嫌よう
シャルーアの提案した策とは、すなわち貴族の思惑を逆手に取るものだった。
ハルマヌークを仕込みとして送り込んだということは、そのハルマヌーク自身が証拠になる。
それを念頭においた上で、彼女の証言と妊娠の事実を、後宮の侍医と教育係のヴァリアスフローラに
王様、というのは王国において絶対的存在である。極端な話、王の発言は絶対の真実であり証明である。
その王の口を介して、ハルマヌークが後宮に入った時点で妊娠していた事やこれまでの事を暴露する話が出れば、それは絶対の真実となり、誤魔化しはきかなくなる。
「……ほへ~、そういう事なんだ~……」
当のハルマヌークは茫然とした気持ちで、シャルーアから一連の説明を受け、分かったような分からないような不思議な気分でお茶を一口すすった。
「もちろん、陛下といえど適当な事を言ってもいいわけではないですが、今回は間違いのない事実ですから、お相手の大臣の方は言い逃れできません。それと加えまして、この
基本、
なので今回の件ではハルマヌークの名前すらあがることなくグラムア大臣は罰せられ、周囲の他貴族や大臣はもちろん、彼に近しい者でもグラムアが罰せられる理由を追求することはできない。
せいぜい “ 後宮がらみでグラムアの奴がなんかやらかした ” くらいの事しか伝わらないので、ハルマヌークにはなんら損失や問題は残らない。
それどころか、ファルメジア王に最初の閨で正直に全てを話した事は高く評価され、側妃としては王に覚えめでたく、しかも陰謀の種であった
何が何だかといった具合であれよあれよという間に後宮にきていたハルマヌークだが、結果としては彼女にはプラスしか残らない結果で、この件は幕を閉じた。
「それにしても、知らない間に自分がそんなお偉いさんの謀略の道具にされてるとか、後から考えてみると怖い話だねぇ」
ハルマヌークは元の職業が職業だけに、別にパパがどこの誰かも分からない子供を身籠ることにはさほど抵抗感はない。
そういう同僚は山と見て来たし、自分もいつかそういう感じで娼婦を引退する事になるんだろうなぁと漠然と考えてもいた。
ところがそうではなく、まさか後宮に入れられる形で娼婦を辞める事になるだなんて、当然思ってもいない。
人生って何が起こるか分からないもんだと、しみじみしながらお茶菓子を食す。
「貴族の方の中には、下々の方々を顧みない方もいらっしゃいますから。自らの栄達や利益のため、踏みにじろうというお話を耳にするたび、どうしてそのようにお考えになれるのか、不思議に思います」
欲の方向性が世間一般からかなりズレているシャルーアにとっては、そこまで権力や名声、あるいは財を欲するというのが理解できない。
とても不自然で不健全……生物としては
「富も権力も名声も、って人ほどなお欲深いってね~。持っても持っても欲が満たされない、っていうの、見方を変えるとなんか可哀想だ」
ハルマヌークの言う通りだと思って、シャルーアはコクリと同意の頷きを返した。
下手をすると、ケチな盗人なんかの犯罪者の方が、まだいくら健全にさえ感じる。彼らの中には貧しさに喘いで致し方なく富を求め、犯罪に走る者が少なくないからだ。
持たざるからこそ、持つために欲が原動力としてはたらく―――それが健全。
十分に持っていながらにして、なお欲するというのは完全なる悪欲である。
「……世の中はままならないものですね」
「そうだね~。はー、平穏無事が一番だよ」
後宮は閉ざされた世界ではあるが、その生活はさほど窮屈ではない。
広い敷地に十分に持て成される待遇と環境。トイレにまで監視の目はつくが、シャルーアやハルマヌークのような類の人間にはこれっぽっちの問題もない。
広く整備された美麗な庭園、常駐する優れた侍医、三食バッチリな上に豪勢な個室付き。
ときどき夜に陛下のお相手をするだけで、それ以外は自由気ままだ。
特にハルマヌークは、娼婦だった頃のように娼館から課せられる営業ノルマなんかの拘束もないとばかりに、本当に伸び伸びとしている。
陛下の相手にしろ元娼婦ゆえに、技術的にも作法的にも精神的にも余裕すぎる。
それだけじゃない。
「シャルーアちゃんは、胸の下洗う時ってどうしてるー?」
「そうですね……持ち上げるときもありますが、そのまま潜らせて済ませてしまう時もありますね」
「私は潜らせ一択。持ち上げるのって重いしちょっと面倒で―――」
肢体の良さにも恵まれ、化粧や身だしなみは当然プロ級で、今はリラックスしてダレてはいても、その美貌や
しかも本人はそれなりの半生を経験し、達観しているところがあるので、欲が浅いときている。
高位の者の閨を温める相手としては非の打ち所がない。
「(……やはりハルマヌークさんは―――)」
雑談をかわしていたシャルーアは、不思議な感覚を覚えた。
何かこう、微笑ましいものを見るような、穏やかな気分で町中を元気に走り回る子供達を眺めるのに近いような気持ちがじんわりと胸中に広がる。
この感覚は何なのだろう?
……と、そんな事を考えていた時、横から声がかかった。
「貴女たち、少しよろしいかしら?」
声をかけてきたのは同じ側妃のエマーニとその取り巻きの側妃デノとアデナラの3人だった。
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