第283話 利己的なる我欲は簡単に潰れる
大臣達や貴族といった上流階級者は欲が深い。
当然、後宮に自分の息のかかった娘を送り込もうとする動きは常日頃からある。だがその場合でも、期待する成果に対しては “ 可能性 ” というところに留まる。
政争や権力闘争において成果を得られる確実な方法を取ろうとすると、どうしても悪性の要因を含める事になってしまうため、企みが露見した際のリスクも大きくなってしまう。
彼らは欲深い。だが同時に我が身可愛さに保身的でもある。
ゆえに、そういった踏み込んだ手を使おうとする者はなかなかいないのだが……
「―――稀にいらっしゃる、というのが今回のお話ですね」
「へぇ~、そうなんだ。ホント、お偉いさんの世界ってドロドロしてるのね」
当事被害者なのに、あっけらかんとしてシャルーアの説明に反応するハルマヌーク。その態度には利用された事への悲壮感などはまったくなかった。
「まぁ
「ですが、本当によろしかったのですか? お腹の―――」
「ああ、いいのいいの。元々そういう可能性のある商売に身を置いてたからね、日常茶飯事だし。むしろ、うだうだ悩んでそれなりに大きくなってからとかじゃないから、あんまり罪悪感もないしね」
娼館で働いていると当然、客の子を身籠ってしまうケースはよくある。しかしながら、娼館側にしても簡単に従業員に辞めてもらっては困るので、そういった点に関してはバックアップが充実しているものだ。
実際、ハルマヌークも今回と同じくらいの妊娠期間での処置は初めてではなく、何度も経験している事だった。
なので危機感や思い悩むこともなく、あっさりと処置を受け入れた。
「思うとこがないわけじゃあないけど、お貴族様にいい様にされて振り回される事になるよかマシだから」
尊い命、という言葉がある。だが、環境次第では短い一生を常に苦しみ続ける命だってある。
残念ながら、生まれてくる命は必ず幸せになれると保障されるものではないのが、世の中の現実だ。
綺麗ごとだけで人生は生きていけない―――尊くとも、不幸になりうる可能性の高い命を想った時、果たして取るべき選択の正解はどこにあるのだろう?
娼婦という職業であったからこそ、掛け値なしで考えることができるハルマヌークは、シャルーアほど特異ではないにせよ、しかと自分のポリシーと考え方を持った女性であった。
「それより、
あの男とはつまり、ハルマヌークを孕ませて利用しようと
「陛下が良しなにしてくださると、おっしゃってくれたのでしょう? でしたら問題ないかと思われます」
「そうかもしれないけど、やっぱり気になるじゃない? 自分の企みが失敗して悔しがってる顔とか見たくならない?」
想像してか、ハルマヌークはクックと笑う。
残念ながらシャルーアはそのグラムアという人物を知らないので、なかなか同調しにくいものの、どうやらハルマヌークには微塵も心に引きずるものはないような様子なので、穏やかな微笑みをたたえた。
――――――ちょうど同じ頃、王宮の廊下。
「いかがでございましたかな、陛下、かの娘は? お気に召していただけたでしょうか?」
そう言ってファルメジア王に問いかけてくるのは他でもない、大臣のグラムアだった。
「はてグラムアよ……かの娘とは何か? 気に召すも何も、お前は何の話をしておる?」
王の後宮については全てが基本として部外秘。なので昨晩、王がどの側妃の元に通ったかも、後宮にどんな側妃がいるのかすらも、大臣達が知ることはない。
「おとぼけになられずもとよろしいではありませんか、昨晩はこのグラムアの推薦した娘の元へと ″ お通い ” なされたのでありましょう?」
「……ワシが誰の元に通ったか、なぜお前がそれを知っている? おかしいな、随分と詳しそうではないか、ん? グラムアよ?」
グラムアは、ハルマヌークを相手に経験しているため、その閨でのテクニックのほどを知っている。
ゆえに、この娘ならば王を骨抜きにするほど喜ばせられ、寵愛を受けられるはずだと踏んで利用せんとした。
そして実際に、彼女との閨を経験した後ならば……と迂闊に王に接触したのが今である。
「いえいえ、そんな……」
「我が
王がスッと手をあげると、護衛についていた兵士二人がすかさずグラムアの両脇を掴み上げた。足元が宙に浮かびあがり、その自由が失われる。
「な、何の真似ですか陛下っ。わたくしめにこのような―――」
「
絶対的な権力者である王ではあるが、だからといって何でもかんでも思い通りに出来るわけではない。
大臣達の派閥や政治的な影響力のバランスなどにも気を使いながら国を統治していかないといけないため、現実には簡単に大臣を罰することが難しい。
しかし今回、シャルーアの立てた策を元に考えた結果、スムーズに事を運ぶことができた。
「連れて行けい。この国難の時にあって不敬も甚だしき男……遠慮はいらぬ全てを聞き出すのじゃ」
「「ハハッ」」
欲深きは破滅と表裏一体――――――まさにその通りだと、ファルメジア王は連行されていくグラムアの背中を見ながら、シャルーアがハルマヌークに語ったという言葉の一節を頭の中で繰り返した。
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