第282話 仕込み送られてきた知己




――――――後宮ハレム生活、6日目。


 初日と同様にファルメジア王を送り出したシャルーアは、やはり同様に食堂にて遅めの朝食をとる。


 やはり ″ お通い ” があった事を考慮してか、そうでない日に比べて量が少し多めにしてくれている感のある料理を、黙々と食していると……




「! ……ね、ねぇもしかして……、シャルーア? シャルーアちゃんじゃない?」

「? 貴女あなたは、確か……ラッファージャ様の宮殿で」

「そう、ハルマヌーク! まさかと思ったけど、本当にシャルーアちゃんだなんて……。久しぶり、あれから大変だったってちょこっと聞いてたけど、元気そうでよかったわ」

 ハルマヌークはかつて、ラッファージャの宮殿に連れていかれた際、そこで出会った元娼婦の女性だ。

 (※「第158話 褐色姫は不幸無自覚につき」参照)


 宮殿を脱した後、シャルーアはジャッカルと共に妖異、砂大流の地獄グランフロニューナに巻き込まれ、行方不明になってしまったため、それっきりだった。

 (※「第161話 男女二人と小さなオアシス」あたりを参照)


 互いにまさかな場所でのまさかな再開となった。




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「ハルマヌークさんは、あれからどうなされていらっしゃったのですか?」

 自分のこれまでをざっくりと話終えた後、シャルーアは今度はそちらとばかりに問いかけた。


「んー、他に行くところがあるわけでもないから、サーナスヴァルの娼館に戻ったんだけれどもね……何といいますか、ホント、お互いに数奇な人生ですなぁ~」

 そう言いながらハルマヌークは、やや遠くを見るような目でしみじみと語り始めた。


 まず娼館にて元通り、娼婦として働いていた。ラッファージャや彼と繋がってた後ろ暗い連中なんかが一網打尽にされた事もあって、以前はあった嫌な客とかもなく、かなり平和な日々だった。


 そんな中、サーナスヴァルの重役ジャマクーダが、王都からきたお偉いさんの接待のために、彼女が働いていた娼館に来たのだという。

 (※ジャマクーダは「閑話 人物紹介.その15」あたりを参照)


「その時に、なんか気に入られたんだけれど……それにしては辺な感じだなーって思ってたら、ある日に娼館館主てんしゅに大金払って、勝手に私の身柄を引き取って、半分強制で王都に連れてこられたの」

 その後、貴族の館っぽいところでしばらくは豪勢な生活と、やりたくもない教養教育を強制されながら、毎日行為を求められる日々を送ったのだが、そこからがきな臭くなってきたという。


「当然、やる事やり続けてたからある日、デキちゃった・・・・・・のが分かったんだけど……そしたらいきなり、“ 側妃 ” として後宮に入れって命令されて、あっという間にここに連れてこられたの。妊娠した女が後宮に入って、どうしろっていうんだか、ワケがわからないよね」

「っ!!」

 それを聞いた瞬間、シャルーアは何かこうゾクッとする悪寒を感じた。


 なんと形容すればよいのか分からないが、まるで悪意や邪念の塊が、彼女を通して伝わってきたかのような感覚―――シャルーアは、声をひそめ、そして質問した。


「ハルマヌークさん、そのお相手のご貴族の方は……その、もしかしまして、毎日のように調べる・・・ように言われていませんでしたでしょうか?」

「? うん、言ってた。というか調べられたけど……それがどうかしたの??」

 それはつまり、最初からそのつもり・・・・・だった、ということだ。


 ハルマヌークを道具として利用したということ―――その事を理解した瞬間、滅多に他人を嫌悪しないシャルーアだが、相手の貴族に対して強い嫌悪感を感じずにはいられなかった。


「ハルマヌークさん……陛下の “ お通い ” は?」

「えーと、確か今夜が初めて来られるって―――え、な、何??」

 シャルーアはハルマヌークの手を取って急に立ち上がる。そして有無を言わさずその手を引いたまま、食堂を後にした。







―――その日の夜。


 ファルメジア王は事前の予定通り、ハルマヌークの部屋へと訪れた。しかしそこで、衝撃的な告白を受ける。


「ええと、……も、申し訳ございません陛下。その、私は……えっと、妊娠しております」

「何? ……。……どういうことか、話してみなさい」

 ハルマヌークは昼間、シャルーアと再会したところからつぶさに王に話をした。



 元々市井の者で、娼婦をしていた事に始まり、どうして後宮に来る事になったのかを、一切語り漏らすことなく正直に王に告げた。


 こういう時、ねやというのは非常に良い。何せ王と二人きりだ、誰かに聞かれるとマズイ話をするのには絶好。そして、静かに最後まで話を聞き続けたファルメジア王は、難しそうな表情を浮かべながら、ポツリと呟いた。


「……おのれ、グラムアめ。余を愚弄する気であったか」



 グラムア=ケーオ。


 大臣の一人で、今回ハルマヌークを孕ませ、後宮に送り込んできた張本人。その真意は、自分が送り込んだハルマヌークが王の子を・・・・身籠ったという形で権力や影響力を高める。

 同時に影で、本当は自分の子である事を利用し、ゆくゆくは王位を簒奪さんだつせんという企みだ。


 しかしこれは、非常に危うい話。どこかで露見すれば当然、大問題になる。


 だがそれを見越し、グラムアは娼婦だったハルマヌークに目をつけた。


「元娼婦ゆえと、企みが失敗したところで誤魔化す腹積もりじゃな。とんでもないことを考えよる」

 しかもだ、ハルマヌーク自身がそういった自分を利用しようとしている事に気付いたとしても、下手をすれば刑罰を受けるかもしれないため、王の子ではない事を言い出せないであろうという事をも見込んでいての人選だろう。


 だがハルマヌークはそこで臆する性格ではない。それに、シャルーアという相談者のおかげで、悪徳大臣の企みを綺麗に打破する方策はすでにあった。




「それでその、陛下。……ええと、シャルーアちゃ―――シャルーア様がですね、こうしてはどうか、って」


 そうしてこの日の王の閨は、悪徳大臣への対策会議の場と化した。



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