王の園に集まるは欲望の視線

第281話 悩ませる者達と癒しの夢




 その日も王の執政は多忙にあった。


「国内各地の状況はまだ何とか……ですが北部を中心に、やはり魔物の活性化は著しく、兼ねてより傭兵ギルドに討伐に力を入れるよう、打診してまいりましたが、その肝心の傭兵達が魔物にやられるケースも増えているとの事。各地の駆逐状況はいまだかんばしいとは言えず、むしろこれからますます苦しくなっていくものと思われます」

 報告する官僚は、かなり言葉を選んでいる様子だった。そこから実態は、言葉面から感じられるものよりも厳しいものと、容易に想像がつく。




「(ぬう……やはり好転にまでは及ばぬのか)」

 初期、いくつか致命的とも言えるような強力な魔物の案件を優先的に打診したのがアダになった。

 各地で点々とながら確認された強力な種類の魔物達は、一応は討伐されていったのだが、その際に多くの傭兵が命を落としてしまったのだ。


 そして今、国内の魔物の総量自体が多くなり、しかも活発に暴れて国民に被害が相次いでいる。


 それに対する傭兵達が、当初よりも減ってしまっている上に、正規軍の余剰も北西のエッシナで起った魔物のスタンピード対応に向かわせてしまっている。

 本来ならもっと正規軍の兵を動かすべきなのだが、すでに各地の方面軍は他国への警戒に必要な限界ギリギリの数まで供出済み。


 しかも少し前に、エル・ゲジャレーヴァから巨大な魔物の出現と討伐についての報告もあったばかりで、唐突に魔物が町や村を襲うケースの発生例を受け、王都の防衛戦力も現状、他に割き辛い。


 国内の総戦力、という意味ではかなり厳しい状況に追い詰められつつあった。



「陛下、こうなれば西側の方面軍の兵を大幅に取り上げましょう」

「! 何を言う、方面軍は国防の要ぞ、その戦力を減らすという事がどういう事がわかっているのか?」

「もちろんだ! しかし、あるところから捻出するより他ない。少なくともワダンとは昨今、友好関係にあるっ、ワダンとの国境を担当している方面軍ならば多少減らしたところで―――」「その減らした事を好機として、友好を裏切り、攻めてこぬとどうして言い切れる?」



 これである。

 会議を開けば、ものの10分も静寂は続かない。誰かが苦肉の策を提案すれば、他の誰かが懸念を述べ、あれよあれよという間に紛糾してしまう。


 その背後にあるのは、彼らの政治的な権力闘争関係―――つまりは利害関係だ。


 国家が内外よりの危機に晒されて久しいというのに、貴族や大臣達は己が欲望を根底に話をする。

 これではどんなに話し合ったところで良い解決案など出て来るわけもない。


「(……やはり、やはりワシらは “ 御守り” に頼り過ぎておったのか? 情けない……あまりにも)」

 人間、100から120へと上がれば、当初は喜ぶ。しかしそのうち120が当たり前となりはてる。

 するとさらに上がる事は歓迎しても、100へと戻り下がることを受け入れられない。120で享受してきた利益が、100に戻ることで確実に減ってしまうからだ。


 そしてそれを “ 戻る ” ではなく “ 減衰 ” と捉えてしまう。なのでこの上なく厭う。



 王は醜い大臣達の心底を見透かすと同時に、シャルーアを後宮に迎えたことは間違いではなかったと思った。

 もし大臣達が彼女の事を知り、自分より先にその身柄を捕えていたなら―――ゾッとする。一体どうなっていたやら、だ。


 だが同時に自分もまた、彼女にすがっているとも言えた。


「(……他人事ではない、ワシとて同じ……か)」

 この国のため、平和のため、ひいては自分達のために、少女を利用し、その人生を自分に侍らせようとしてしまっているのだから、果たして大臣達を浅ましく情けなしと見下す資格はあるのだろうか?


 ファルメジア王は、自嘲せずにはいられなかった。





――――――その日の夜、後宮。


「はー……ふー……」

「お疲れ様でした、陛下。大丈夫ですか?」

 シャルーアの元に ″ 通う ” のはこれで2度目。

 年甲斐もなく頑張ってしまうのは、やはり意識として国難に対する希望として、彼女を利用せんという意識が、自分にはあるのだろうと、王は思ってしまう。


 豪奢で巨大なベッドの上、仰向けなって呼吸を整えている老体の上に、少女は寝そべるようにくっついている。もちろん互いに全裸だ。


「ふぅ……、大丈夫じゃ。それよりもシャルーアよ、ワシは……」

 ファルメジア王は、今日こそはゆっくりと話をしようと思っていた。だがシャルーアを前にして、気付けば最初の夜と同じく励んでしまっていた。


 ゆえに行為後の今、しかと話をしようと思った。しかし―――


「ワシは……そな、たに……」

 瞼が重い。ふわりとした穏やかな温かさと疲労感が心地よく全身の感覚を支配していく。


「陛下、お疲れのようですから、今宵はゆるりとお休みください。ご安心を、私が御傍に付いております。……、……~、~♪」

 それは子守歌。ふわりとして、穏やかで、懐かしい気持ちと幼少期の感覚を精神に宿らせる。


 齢60の男に、それも一国の王に子守歌などと、通常ならば怒られる事かもしれない。

 だが王の五感・・は、緩やかで心地よい感覚に満たされ、ゆっくりと眠りへといざなわれていく。




 その眠りで王は、遥か幼き姿へと戻り、シャルーアの乳を吸う夢を見た。


 その夢の暖かさと明るさは、聖なるものとして雄大なる母性による慈愛を感じさせ、ファルメジア王の魂の疲れを優しく癒した。




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