第280話 介護される中年傭兵




 攻撃、防御、横に飛んで回り込み―――


「(―――横から首を……落とすっ)」


 ザンッ


 振るった刃は、首伸ばし蜥蜴ネッカルリザードという妖異の首と胴を切り離した。


「……よし……まずまずだな」

 その戦闘は現実ではない。リュッグのイメージトレーニング―――つまり脳内での空想だ。


 しかし豊富な経験と知識、そして戦闘技量があれば、現実にシミュレーションが想定し、展開できる。

 未熟な者が行うと、自身に都合の良い想像や実力以上の能力でイメージしてしまいがちだが、それでは意味がない。


 何せ実戦を想定しての訓練の一環だ、非現実的な妄想をしても現実の戦闘にはこれっぽっちも役に立たない。それどころかイメージトレーニングで勝てたから勝利は容易いなどと、慢心や勘違いをもたらし、死に直結する。


 ゆえにイメージトレーニングは一般人が考えるよりも高度で難易度の高い、精神性と、ストイックなまでの現実性が必要となるのだ。





「………あ、あの、し、失礼いたします……」

「ん? あぁ、セイさんか。いつの間にかもうそんな時間なんだな、動けない上に目隠しもされていては時間の感覚もおかしくなるよ」

「そ、そうですね……申し訳ございません……」

 ヴァリアスフローラに捕らわれ、ベッドに拘束されてから幾日が過ぎたのか、リュッグには分からない。

 だが特に不便はなかった。老人介護のように、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる使用人のおかげで飢えも便所の心配もなし。

 ベッドに横になっているので楽なものだし、むしろ食わせてくれる食事は庶民のレベルを軽くこえていて美味なものばかり。


 強いて不満を言えば、ずっとベッドの上で身体がなまってしまう事くらいだ。



「(ヴァリアスフローラはここ2、3日姿を現さないが、夜な夜なの様子を見るに俺に飽きてくれた、ってワケでもないだろう……)」

 仮に飽きたとしても、行為は続けることだろう。それだけの覚悟が彼女にはあった。

 企み通りにリュッグの子をそのはらに成すまで、決して途中で放り出したりはしない。


「(ふー……こっちは動けないからな。どうにもならんとはいえ、もどかしい事この上ない)」

 何の対策も行動も取れないというのは、なかなかに精神にくる。


 とはいえ、リュッグには一切焦る必要がない。仮にすべて彼女の思い通りにいったとしても、リュッグ自身にはまったく問題にならないからだ。



「お、おカラダをお拭きします……っ」

「ああ、よろしく頼むよ」

 とはいえ、現状に思うところがないわけではない。まずこのお世話される状況だ。何せリュッグは素っ裸で拘束されている。

 声からして世話を焼いてくれている彼女―――セイニアは、まだ年若い女性だ。そんな彼女に全身くまなく裸体を見られ、小も大も下の世話をされているというのが、男としてはちょっと情けなくも哀しい。


「(ヴァリアスフローラの侍女なんだろうが……)」

 外部に知られたら大事になるであろう、拘束されたリュッグの世話を任されているのだ。単なる下っ端侍女ではないだろう。

 確実に主人の信頼厚き人物。しかし―――


「あっ、わわっ……お、お水がっ」

「ふあっ!? す、すみませんすみませんすみません!」

「あ痛っ! あうう~……」


「(妙にドジなんだよなぁ。信頼して秘事に関わらせる侍女にしては、デキが悪いと言うか……)」

 もしもっと身体の自由がきいたなら、即座にどうにか出来てしまう世話役。口の堅さ以前に能力の低さが際立つ。


 あのヴァリアスフローラの性格からして、脇の甘い人事はしないと思うが、どうにも違和感をおぼえてならない。




「(偉いさんが程度の低い者を秘事に用いる場合、理由は大きく分けて2つある。1つは口封じが容易いこと―――命が軽い者だ)」

 いわゆる奴隷や元罪人などがこれに当たる。仮に外に漏らしたとしても、その身分や立場から、証言の信ぴょう性や影響力が低いので、たいして問題にならず、いつでもその命を消しさる事が可能。


「(そしてもう一つは……親類や家族など、近しい関係の者)」

 血のつながりやしがらみと言うものは、存外しつこく人生にまとわりついてくる。それこそ死ぬまでだ。

 後宮の教育係にして、ジマルディーという王室親戚筋の家柄の夫と結ばれたヴァリアスフローラは、彼女の側からしても一族のほまれともいうべき人間で、非常に高い地位・立場・影響力を一族内に有していてもおかしくない。


 そうすると、彼女の要請で一族の人間は簡単に力を貸すであろう事は容易に想像つくし、ヴァリアスフローラを裏切るような真似も出来ない。



「(おそらく後者か。ヴァリアスフローラの姪か、あるいは年の離れた妹なんかのセンもあるな)」

 血が近ければ近いほど、秘事を共有するのに信を置きやすい。

 ヴァリアスフローラがいる時にも、ミスやドジをした事があるが、その際に怒られたりする事もなく、むしろケガはないか気遣われていた。その事からも、比較的近い近縁に当たる人間の可能性が高いと、リュッグは踏んでいた。




「(そうなると……言葉で懐柔は無理だな。前者だったらまだいけたかもしれないんだが……)」


 まだしばらくはこの生活が続くかと、リュッグはあきらめ混じりにため息をついた。



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