第279話 神秘の色に混ざる色
――――――
「……19……20……~~2~1……に、2~2ぃ……」
当然のことだが、王の身体は一つしかない。なので毎日同じ側妃のもとに “ 通う ” ことはない。
シャルーアも
「あの、シャルーア様、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
部屋の隅に立つ兵士が、恐る恐ると言った様子で聞いてくる。
「は……いっ、……ふぅ、何でしょうか?」
シャルーアは腹筋運動を中断すると兵士に向き直る。その姿は一糸まとわぬ全裸であったが、男性兵士はその事にはまるで動じることなく、抱いた疑問をぶつける。
「なぜ腹筋をお鍛えになられていらっしゃるのか、と……加えまして、お召し物をお脱ぎにてなされていらっしゃるのはどうしてなのでしょうか?」
「はい、元々日課といたしまして、ある程度の運動とトレーニングはこれまでも行っておりましたので。ドレスを脱がせて頂きましたのは、汗で汚してはいけないからです」
「は、はぁ……」
しれっと答えるシャルーアに、兵士はやや納得いかない様子だった。
「汗をかかれましたならば、御湯あみなされればよろしいのではないかと思いますが……」
いくら部屋とはいえ、異性の目のあるところで素っ裸になってする意味はないはず。何せ側妃なのだ、望めば入浴はさほど難しいことではない。
しかし、シャルーアは首を横に振った。豊かな乳房も軽くたわむ。
「いいえ……それは陛下の御来訪がある時にのみ、なるべく抑えるべきかと思っております。
確かにその通りだ。
多少汗をかいたからといってその都度たっぷりの水を使い、燃料を使って火を起こし、入浴をするというのは贅沢なことだ。
特にこの、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国は、領内の多くに砂漠や荒地を有している。
それほど気を使うほどではないとはいえ、水や燃料を頻繁かつ無駄に使えるほど潤沢かと言われれば、この王宮や後宮は可能でも世間一般にはやや眉をひそめる話。
「(よくできた娘だ……しかも―――)」
トレーニングでかいた汗が褐色肌の全身を煌めかせている。普通、側妃として考えたなら、軽率に汗をかき、裸体を晒すなどあり得ないことだ。
教育係のヴァリアスフローラに知られた日には鬼のように叱られる事だろう。
ところがこの少女の場合、まるで憚るべき事であってもそうと当てはまらないのだ。
全裸で汗をかいている姿、とそれだけ聞けばなんとはしたない事を! と思われるところなのだが―――
「まぁっ! 貴方、何をさなっているの!?」
「部屋の中とはいえ全裸でしかもそんなに汗をかいて!!」
「なんてはしたな……い……、……」
部屋とはいっても、扉で厳重に閉め切られている室内ではない。廊下を歩けば見える程度に、たまねぎ型の入り口には扉はなく、開放されている。
たまたま通りがかった、他の側妃は当然、シャルーアの姿に驚き、そして罵ろうとした。
だが1、2秒ほどで彼女らのトーンはどんどん落ちていき、やがては黙ってしまう。
「(そうなんだよな……すっごく、こう、神秘的な美しさっていうか、黙ってしまうんだよ)」
兵士には、側妃達がつい黙って眺めてしまう気持ちがよく分かる。
堂々として、それでいて別に力んでアピールするように意図しているわけではない、自然な立ち姿。
一糸まとわぬ生まれたままの裸体に、まるで聖水でも振りかけたように清らかな煌めきを放つ魅惑の肢体は、まさに神秘的。
異性の目をもってしても、欲情よりも先に敬虔な祈りでも捧げたくなるような気分になる姿だ。
同性の彼女らにしても、言い知れぬ感情が心中にて渦巻いていることだろう。
「……と、ととと、とにかくっ、へ、陛下の妃の1人というご自覚をお持ちになってですねっ」
「そ、そうですわっ、そのような御姿でいらっしゃるのは、そのあの、へ、陛下の御名に泥を塗りますわ!」
「き、キチンとなさいな、キチンと!!」
かろうじて捨て台詞のような言葉を口から紡ぎ出しながら、
兵士は思わず唖然としたが、次の瞬間には一連の様子を思い返して不思議と笑いが漏れた。
・
・
・
――――――王宮の入り口。
「は~……どうしてこのような事になったのかしら……」
一人の女性が、男に連れられて王宮の門をくぐる。一応は綺麗ではあるが、王宮の下働きとさほど変わらない程度の服装―――目立たない恰好をさせられ、連れていかれた先は、後宮の入り口だった。
「こっちだ、ちゃんとついてこい」
つい物珍しさに遅くなった足を咎められるように男に促され、彼女は早足でその入り口に立つ。
出迎えか、やたらと美人な女性が男と話していた。
「ヴァリアスフローラ殿、こちらの者が今回、後宮に入れる当たらしい側妃です。どうぞ良しなに……」
「お勤めご苦労様。確かにお引き受けいたしました」
「では、これにて―――しかと勤めるのだぞ」
去り際にそう告げる男に、軽く舌を出して悪態つきたい。だけど超美人女性がこっちを見てるので、彼女はぐっと堪えた。
「お話は聞いていますね? 貴女は今日から、陛下の床を温める側妃の一人として、この後宮に入ることと相成ります」
「は、はい……ええと、よろしくお願いします」
完全に乗り気ではない。当然だ、いきなり王都に半ば強制連行させられた挙句、貴族なオッサンに王に献上するとか言われ、あっという間にここに連れてこられた。
彼女は気のない返事をする―――だがその美貌は、決して悪いものではなく、むしろ十分に上等な方であり、ヴぇリアスフローラと比べても決して見劣りする女性ではなかった。
「貴女の名前は?」
ヴァリアスフローラに問われ、彼女はあ、はいっと少し慌てる。
てっきり下働きに勝手に出されたくらいの気分でいたのに、王の側妃の一人なんて大それた話。どうにも現実感がなく、気が入らない。
一度呼吸を整えてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「ハルマヌーク……と申します」
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