第278話 バイトは上々なれど得たき物はなし




 王都。


 込み入っているとはいえ、かなりの路地裏でもそれなりに整然とはしている。各地の町や村のソレとは大違いだ。



「……参ったなこりゃあ」

 だからこそアーリゾは困ってしまう。この王都には後ろ暗い世界がない。


 日頃から権力者が治安維持に努めているとはいっても通常、どうしても社会のはみ出し者というのは出て来るもので、そうした人間がたむろする居場所は自然と形成される。


 そういった世界は、時に裏社会と呼称されるほどに水面下で大きく発達する事もある。

 そこまでいかなくともスネに傷、叩けばホコリの出る人間が集まっているところというのは、メサイヤ一家に属する者としては、有効な情報獲得や協力を期待できる場所だ。

 もちろん犯罪の温床になったりと治安悪化を担うため、統治・権力者側からすれば粉々に叩き潰し、綺麗に掃除したくなるは分からないでもない。


 それにしても、である。これほど巨大な都市でありながら、ここまで ”暗がり ” がなく、徹底して “ 綺麗 ” な町というのを、アーリゾは見た事がなかった。




「(まだ把握しきれちゃいねぇとこにあるのかと思ってたが……ここまで真っ新じゃあどうしようもねぇ、マジに長期戦しかねぇなこりゃあ)」

 貴族大臣がこの王都内に、それぞれ自分の縄張りを持っていて、厳しい目を光らせているというのは前もって聞いてはいる。

 だが、それならそれで、そのお大臣様がたの1人や2人、そういう世界の人種から得られる利益目当てに、わざと “ 路地裏の世界 ” を許容したり、手を組んでたり、なんなら囲っていたりしそうなもの。


 だがなぜかこの王都のお偉いさん達は、欲はあってもそういった後ろ暗い連中とは縁を結ぼうという気はないらしい。


 それは強欲豚にしては異質的―――アーリゾは、綺麗な路地裏の光景に何か不気味な恐ろしさを感じながら、その場を後にした。


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「ってなわけでよぉ、びっくりするほど綺麗なもんだったぜ、こっちは。本当にただの溝掃除で終わっちまった」

 他所から来た傭兵達は、それなりに傭兵としての矜持があるのか、安く傭兵らしからぬ雑事的な依頼を受けたがらない。

 だが傭兵としての経験はほぼ皆無な彼らには、そうした王都内の細々とした雑用仕事が大量に余っているのは、都合が良かった。


 元よりメサイヤ一家では下っ端で、そうした雑用は日常茶飯事。それで金が貰えるわけだからむしろ楽して稼げてラッキーなくらいだ。


 しかも簡単で、かつ王都内のあちこちに出向く。同時に情報収集などを行うにはまさに好都合―――のはずだったのだが、そのアテは外れた。


「こっちもだ。マジでこの王都、治安バッチリなんですね」

「イリージンの方もか。俺の方も空振りだった。こうなると、真っ当な酒場を当たるしかなさそうだが……」

 ハルガンが悩ましいと言わんばかりに顔を歪めていると―――




「おーう、今戻ったぜぇ」

 ちょうどその、真っ当な酒場に出向いていたデッボアが戻って来た。


「おう、ご苦労さん。どうだったデッボアは?」

 早速とばかりにアーリゾが聞く。するとデッボアは肩をすくめて首を横に振った。


「だーめだぁ。ぜーんぜんダメダメさ、客に来る連中もお上品・・・なのばかりよ。口では威勢のいい事言っちゃいるが、ケンカの一つもしたことねぇような、平和ボケのお坊ちゃんばかりさ。てんで面白い話の一つも聞けやしねぇ」

 デッボアは酒場の雑務兼用心棒の仕事で出向いた。当然、客たちの話声に耳を傾けてはいたのだが、有益な会話は何一つ聞こえてはこなかった。


「まぁ酒場の店主が気のいいヤツで、金の他に土産に喰いモンくれたってのが、せいぜいの収穫って感じだぜ」

 情報収集に関しては完全に空振り、ということだ。


 少なくとも働き、滞在費を稼ぐ点に関してはいずれも問題なさそうだが、肝心の情報が遅々として得られないというのは何とももどかしい。




「そういやアワバさんはどしたい?」

 デッボアが仲間がたむろする宿の室内を見回すも、目当ての人物の姿はない。


「アワバさんなら、武具の店の仕事からまだ戻ってねぇよ。魔物が活発なご時世だからな、一番忙しそうな仕事じゃねぇかある意味?」

「言えてますね。国だろうと個人だろうと、武具を求めるは必然の時代です」

 アーリゾに同意するように、イリージンは自分の武器を手に取って軽く撫でるようにさする。


「確かにな……けど、逆に言えば売れ行きやら客の身元から、色々分かりそうな感じがするよな」

「まぁアワバさんなら上手くやれるたぁ思うが、同じような話で俺らそれぞれ仕事を請け負ってダメだったんだぜハルガン。アワバさんも空振りに終わるって思っといた方がいいんじゃねぇ?」

 デッボアの言う通りだ。全員が全員、情報収集に良さそうだと見込んでそれぞれ依頼を選んだ。だが実際は4人とも完全な空振りだったのだ、期待は持たない方がいいだろう。



「ミュクルルのやつもまだか」

「むしろ一番遅いか、下手すると今日は戻らない可能性もありますね」

「? どういうこったイリージン?」

「アーリゾ、ミュクルルの選んだ依頼は何だったか覚えてませんか?」

 言われてアーリゾはうーんと考える。傭兵ギルドでのやり取りの記憶を引っ張り出し、思い返し……


「! ああ、そういや……」

「貴族の別邸の警備、だな」

 アーリゾが答えを口にする前に、部屋の入り口から解答が述べられた。


「「「アワバさん」」」


「遅くなっちまった、すまねぇな。……その様子だとお前らの方も手応えなしだったか」

「ええ、残念ですが」

「ってぇことは、アワバさんの方もですかい?」

「ああ、まったくってほどでもないが、全然といっていいくらいにダメだった。まぁ初日からいきなりそうそう上手くいきゃしねぇって思っちゃいたから、こんなもんだろう」

 アワバは疲れたとばかりに疲労感を全身から滲ませる。だがその手には結構な大きさの貨幣袋が握られていた。



「思ったよりも稼げたのが幸いだな。これだけで全員分の宿代1週間分くらいはあるだろうよ」

「おお」「さすがアワバさん」「すげぇっす」「うっひょう」



「たまたま仕事の割が良かっただけさ、アッシも驚いてる。それよりミュクルルのやつだが―――」


 アワバは懐から小さな折り紙を取り出して開く。そこには短文で文字が書かれていた。 


   < ふところにはいった >


「得られるモンがあるとしたら、アイツに期待できそうだ」



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