第276話 側妃の実態と後宮という世界




 “ 側妃 ”


 それは一見すると一国の王の妻として、高い地位と立場ある者の一角と思えるかもしれない。

 だが実は違う。




 この国において側妃とは、あくまでも “ ただの女 ” でしかなく、一切の権力も地位もない人間である。

 様々な理由から後宮ハレムに入り、王の子を孕み産むことだけを使命、生きる意味とする生物であり、それ以外の意味をなさない存在。


 側妃となった者は、いかなる理由があろうとも後宮ハレムを出ることはできないし、外部と一切の連絡を行うことも禁じられている。


 側妃の親類縁者も、今彼女らがどうなっているのかなども、一切が知らされない。それだけにとどまらず、側妃は表にその名も存在も公表すらされないのだ。

 なので比較的後宮ハレムに近い王宮で働く者や、行き来する大臣貴族でさえも、側妃がどんな者が何人いるのかすら知らない。



 いわゆる “ 王の妃 ” としての栄光と名誉を得られるのは、王の子を成した者だけである。

 王の子を成して初めて ” 正妃 ” となり、王の家族という身分と立場を得られる。そうでない側妃たちは、ただの一般人の女でしかない。



 なので側妃とはすなわち、王のための女であり、王のための奴隷である者でしかなく、後宮ハレムに入ることはすなわち王の苗床、それだけの存在となることを意味する。



 ……だが、その本質的なところをよく理解せぬままに後宮ハレム入りに夢と幻想を抱いている女性達は少なくなかった。







――――――後宮ハレム生活、2日目。



「ではシャルーア様、御同行いたします」

「よろしくお願い致します」

 側妃たちは基本、王の ” お通い ” のない夜以外、一人になる事はない。必ず兵士と侍従が最低1人ずつ傍に付く。


 側用人であり、護衛や身の回りの世話をする人間だが、その最たる任務は他でもない、側妃の・・・監視だ。


 後宮ハレムにおいてもっとも厳重に禁じられているのは、外部との情報伝達である。

 何せ王が安らぐ時間を共にする側妃達だ。不意に王から、国家の重要事に関する情報を閨で聞くなんて事がないとも限らない。


 事実、側妃の中には政争の一助となるべく、情報収集を期待されて送り込まれた貴族令嬢などもいる。

 だがそれは後宮ハレムの秩序がもっとも許さないこと。


 ゆえに、表向き側用人なお付きの者たちは、絶対的な監視者という素顔を持っている。 

 しかし意外とその事に気付いている側妃はおらず、専属の付き人というものを上位の身分にある女性のステータスという風に捉えていた。



 しかし、しかと教養を培わされたシャルーアは違う。



要り花いりはな―― トイレ・風呂の暗喩 ―― の時はどちらがご一緒に入られるのでしょうか?」

わたくしめにございます」

 シャルーアの問いかけに答えたのは、意外にも女性の侍従―――ではなく、男性の兵士だった。


「なるほど、かしこまりました」

「やはり不服でしょうか?」

「いいえ、御理由は何となく察することができますので……。後宮ハレムにてお仕事なされる以上は、常に異性と距離が近くあります。逆に・・誠意と忠節を試されている―――大変なる御役目かと存じます」

 兵士はギョッとした。


 そう、側妃のトイレと風呂には男の兵士がともに入る。普通はそういう場には同性である女性がともにすると思いがちだが、そうではない。


 なぜなら、女性の侍従たちは日が落ちる前に仕事が終わり、後宮ハレムを出ていくからだ。

 それは王が、間違っても側妃以外の女性に軽率に手を出さないための計らいである。


 ―― 後宮において、王を我慢させてはならない。

 ―― 後宮において、王の安らぎを妨げてはならない。

 ―― 後宮において、王の安心を裏切ってはならない。


 側妃の側に男を置く。それも風呂やトイレまでもついていかせるのは、男の兵士達を異性に慣らすため。同時に、誘惑的な存在を前にしても平然としていられるかどうかを試すためだ。


 当然、もし側妃にお手つきしようものなら即刻死刑。ゆえに側妃の寝室以外は、声がよく通りやすい造りになっていて、何かあればすぐにバレるようになっている。


 後宮に勤めるということは、すなわち、強い精神力と王への絶対的な忠誠を示す兵であるということであり、それは裏返せば王が信頼してセキュリティを任せられるということでもある。


 実際、風呂やトイレという場所は、一番無防備になりやすいため、これに同行する者は戦闘ごとに長け、突発的な危険にもすかさず対応できる必要があるため、女性の侍従よりも男性の兵士の方が適任である。


 女性のプライバシーはどうするのか―――そんなものは、この後宮に入った側妃には存在しない。

 なぜならプライバシーを盾に、よからぬ企みや行動を取るからだ。



 それほど権力者のふところたる後宮ハレムという場所は、徹底して、すべては王のための空間として完成すべく、厳重にして厳格なのである。





「―――その事をお分かりの側妃は貴女が初めてです、シャルーア様」

 侍従が本当に驚いたと言わんばかりに、そして同時にどこか尊敬するような瞳でシャルーアの背を見る。


 しかしながら前を歩くシャルーアは、特別なことなんて何もないのにと言いたげに、両肩を小さくすくめた。



「そうなのですか? ……ですが、本当に大変な御役目です。御迷惑をおかけするかもしれませんが、これからどうぞ、よろしくお願い致しますね」

 そう言いながら、シャルーアは早速にトイレへと入ってゆく。その後を当然のように男性の兵士がついてゆく。


 トイレは個室だが、4、5人は同時に入れるだけの広さがある。とはいえ、一緒に入った個室の隅で控えていても、男性兵士は、シャルーアのトイレをする姿は当然、その視界におさめる事になる。


 側妃の中にはこの決まりに、泣きだすものすらいたというのに、シャルーアはまるで意に介すことなく、男の目のある中で用を済ませた。




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