第275話 閨明けの朝・妃の作法




 朝。


 共に部屋から出てきたシャルーアは、王の片腕を全身で抱くようにしてエスコートする。

 これも権力者の女たる者の儀礼の一種だ。単純に仲睦まじい様子を見せるという意味合いではなく、お側を守るという意味がある。



「陛下、足元にお気をつけください。段差がございます」

「うむ……良き気遣いじゃ、ありがたいぞ」

 もちろん周囲に注意を払う事も忘れない。だが腕に抱き着いて供に歩く最大の意義は、盾となることにある。


 確かに王の子を成す女は重要ではあるが、それ以上に重要なのは他でもない王自身。万が一に際して、王の傍に立つ者はその身をもって守ることも、その立場に含まれる。

 こうして片側を女が守っていれば、王自身はその注意をもう片側に向けるだけで良くなり、意識の集中も図れる。


 ただの愛妾や寵愛の証ではないと理解しての、この連れ立っての歩みは、この後宮においてシャルーア以外に出来る側妃は1人もいないだろう。



「……ね、ねぇあのコ」

「陛下に気に入られたのかしら?」

「あんなにひっついて……」


 後宮から出ていこうと廊下を歩く王と、それを送るシャルーア。教養浅き女達には、その重要性をうかがい知る事が出来ない。ただ仲睦ましい男女の図式にしか思えないだろう。


「(もしくはジジイと孫娘……というところか)」

 王はつい、自分がもう少し若ければ、などと思ってしまう。男女の関係に年齢は関係ないと言いたいが、やはり未だ年の差というところに体裁や世間体を気にする風潮は根強い。


 王は僅か1晩で分からせられてしまった。この素晴らしい側妃は、言葉通り、どこに嫁に出しても恥ずかしくない、最高の娘―――ゆえに、どうしても王とはいえ自分のようなオイボレと……などという思考が湧いてきてしまう。


 もっとこう、素晴らしい嫁を手に入れた、などと欲に忠実にがっつく事ができたなら、ふてぶてしくも強欲な権力者のような態度と心持ちでいられたなら、素直にこの側妃の存在を悦べたのに。


 後宮の出入り口に近づくにつれ、罪悪感がこみ上げてくる。この世で唯一、父母にも抱いた事のない尊敬する人物―――アッシアド。

 その忘れ形見たる少女に、己の子を産ませるべく側妃にしたこと。


 善良なるファルメジア王には、心苦しい事実としてのしかかってくる。



「見送りご苦労。ここまでで良い、大義であった」

「陛下におかれましては、本日も健やかにあらせられますよう、お祈り申し上げます」

 ペコリンと深く礼をするシャルーア。可愛らしい、しかし素晴らしい品格と礼節を感じさせる見事なお辞儀だ。送り出す口上も完璧……送り出された者として王は、あまりにも感慨無量にて気分晴れ晴れとし、王宮へと向かうその足取りは軽やかであった。



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 ファルメジア王を送り出してより1時間後。シャルーアは御役目・・・だったこともあって、他の側妃よりも遅い朝食をとっていた。


「もくもくもくもく……―――(―――とても豪華な朝食……さすが王の後宮ハレムです)」

 広い食堂には他に誰もいない。しかしシャルーアに出された食事は、さすが王の床を温める者相手とあって、豪華なものだった。


 だが、それは世間一般に比べた場合だ。王という、この国でもっとも尊い人物の、その御子を作らんとする者という事を考えた場合、どちらかといえばやや庶民的に寄った食事と言える。


 これは別に、料理人タッヴァクがシャルーアを新人側妃と侮っているからとか、イジメとかではない。全ての側妃がそうなのだ。




「ちょっと貴女、少しいいかしら?」

 シャルーアが食事に舌鼓をうっていると、同じ側妃と思しき女性ら3人が声をかけてきた。


 一人は白肌で、額を丸出しにしてすべて後ろにもっていき流している、やや暗い桃色のソバージュな髪。中央やや前に位置して、いかにも中心人物っぽい。

 少し生意気そうで、シャルーアに対して居丈高いたけだかな雰囲気を醸している。

 綺麗に着飾り、化粧も濃くなり過ぎない程度にしっかりメイクアップしてはいるが、貴族令嬢というよりは庶民が頑張って高貴な立場を演出しているような感じだ。


 その左隣、やや控えるようにしている褐色肌の女性。背は高いが全体的に線が細い。常に腰を曲げ、やや上体を前に傾けている卑屈な態度は、自分への自信の無さを表しているかのよう。

 髪は淡い黄緑だが生え際が緑なので、どうやら染めているらしい。後ろで大き目に編んで垂らしている。


 右隣は薄褐色の女性。立場が同じっぽい感じの左隣の女性に比べると背は低いものの、中央の女性よりはやや高い。

 真ん中の女子と同じように胸を張っているが、自発的な感情や意志ではなく、真似っこな雰囲気を感じる態度。

 ただバストの差は歴然で、3人の中では一番大きい。肩幅も女性として考えたなら広い方で、運動事が得意そうなタイプに見える。

 髪の毛は、金髪っぽいが生え際に黒茶色が覗いているので、こちらも染めているようだ。



「はい、どのような御用でしょうか?」

 座って食事をしている真っ最中の人間に、横から話しかけてきた3人組。しかしシャルーアは特段、無礼とも思わず、彼女らに向き直って姿勢正しく応対した。


「貴女……新入りのくせに早速、昨晩に陛下の ″ お通い ” があったそうね?」

「はい、その通りです。シャルーアと申します、以後お見知りおきください」

 そう切り替えされた女性は、たちまち顔が赤くなった。相手に名乗られたことで、名乗りもせず不躾に用件を叩きつけようとしている自分の失礼さに気付いたからだ。


「……んっ、こほん。申し遅れたわね、私はエマーニよ」

「デノ、と言います」

「アデナラだ、よろしく頼むぞっ」

 左隣の長身褐色の女性がデノ、右隣のバストの大きい薄褐色の女性がアデナラ。

 シャルーアはこれはこれはご丁寧にと、軽い会釈で名乗りに対する礼をする。


「とにかくっ、初日でいきなり “ お通い ” があったからって、いい気にならないように……それだけ言いに来たのよっ」

「それは御忠告、どうもありがとうございます、エマーニさん」

 にっこりとしながら、シャルーアは深々とエマーニに礼をする。


 当のエマーニは、シャルーアをねたんで悪態なり嫌味なりをぶつけに来たつもりだったが、どうにも調子が狂ってしまい、そうはならなかった。



「~~っ、と、とにかくっ。あまり調子に乗らないようにしなさいよねっ、ふん!」

 一方的にそう言うと、デノとアデナラを引き連れて、エマーニはシャルーアの前から去っていった。


 

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