第256話 シメきれていない野郎たち




――――――リュッグ達がファーベイナの町を発つ1日前の、メサイヤの穴。


 アワバは黙っている事もできた。シャルーアはいちいちそういう事を気にかけないし、何より襲われた事に対して何とも思っていない。




 だがアワバはメサイヤを尊敬している。敬服する男に対し、誠実でない自分が許せず葛藤の末に、シャルーアを襲ったことを正直にメサイヤに告白した。


 一家を追放されるかもしれない。いや、最悪殺されるかもしれない。


 だが、アワバから話を聞いたメサイヤは、さすがの器であった。


『アワバ……そこに立て』

『へ、へい……』


 ブォッ……ドゴゴゴゴッ!!!


『へぶひぃいっっ!!』

 一瞬にしてメサイヤの鉄拳が無数に顔面を叩きのめし、アワバは派手に吹っ飛ぶ。


 シャルーアの護衛にとメサイヤが同行させるべく召集していた、他の部下達の目には、これは死んだ、と誰もが思わず視線を逸らす。それほどにメサイヤの瞬撃は、綺麗に入った。


 しかし岩壁に激突したアワバは、顔面こそボコボコになったものの、絶え絶えながらに呼吸していた。


『貴様が、俺や一家のためを思っての行動だ。そこは咎めはせん……だが、お嬢様を穢した罰は与えねばならん……分かるな?』

『へ、へひ……よく、わか……り、やす……親分』

 アワバはメサイヤの目指す目的を知っている部下の一人だ。

 メサイヤの怒りは、ヤーロッソという男に向けられている。その理由は当然、ヤーロッソがシャルーアに近づき、彼女を追い出し、その全てを奪った外道だからに他ならない。


 その中には、シャルーアを穢した事も含まれている。当然、そのような行為を行う男には、ヤーロッソに向ける怒りと同じ類のものがメサイヤの中に沸き起こるのは当然だった。


 しかし、アワバはその事を知っている。その上でなおメサイヤのため、一家のためにと、自分がメサイヤの逆鱗に触れて殺される事になるかもしれないと分かっていながらも行動した気持ちと覚悟は評価できる。


 そして何より、この場でアワバを瞬殺ギリギリの攻撃で打ちのめすのには、大きな意味があった。


『お前達、リュッグとお嬢様の旅の伴をせよ。無論……分かっているな?』

『『『『へ、へい!! メサイヤ親分!』』』』

 ミュクルル以外は野郎どもばかりだ。

 比較的おとなしい・・・・・連中を集めたとはいえゴロツキはゴロツキ。劣情に駆られて旅の道中、シャルーアを襲いかねない危惧はあった。


 だがここで、シャルーアに手出ししたアワバが見せしめ的にぶちのめされた事で釘が刺された。

 さらに……


『アワバ。お前も行け、……やってしまった落とし前はお前自身で埋めろ。お前達は基本、リュッグかアワバに従え……いいな?』

『『『『わ、わかりやした!!』』』』

 やらかした本人であるアワバが、その被害者であるシャルーアの護衛に同行させられる―――他の4人の野郎たちから見れば、アワバは相当に居心地の悪い旅を強いられると思うことだろう。


 だがミュクルルは知っている。シャルーアはそんな事は気にしないタイプだ。むしろアワバが望めば、自ら足を開いて迎えたとしても納得してしまうような女の子だ。


 しかし余計なことは言わない。メサイヤ親分がアワバの件を利用して、野郎たちを引き締めたのは間違いない。

 自分も同性だからという理由で同行を命じられることになったんだろうが、正直、あのお嬢様に付き合うのはすごく疲れることになりそうだ―――ミュクルルは若干うなだれたい気分で、メサイヤと男達のやり取りを眺めた。



  ・


  ・


  ・


「リュッグ殿、あとはアッシがやっておきますぜ、どうぞお休みくだせぇ」

「いや、しかしアワバはずっと周囲の見張りを……しかもその怪我で―――」

「なぁに、問題ありやせん。この道は何度も通っていやすからね、どーんとお任せくだせぇ」

 そう言って、顔面ボコボコのアワバはリュッグから手綱を引き継ぐ。

 ファーベイナを経ってから2日、アワバはよく働いていた。


「負い目があるっつっても、アワバさん働くなぁ」

「なんかさ、最近のアワバさん前に比べて陰がなくなった気がするよな」

「それそれ。ちょい前から、なんていうか……サッパリしたっつーか?」

「色々あって、心境に変化があったんだろう」


 他の4人は、割と楽に構えている。とりあえず言われた事はやりはするが、アワバほど積極的ではなかった。

 彼ら4人はあくまでメサイヤという親分に申し付けられたからこそ、ここにいるわけで、アワバほど精を出して働く個人的な理由が彼らにはない。


 ましてやアワバみたく自分の事は呼び捨てでと申し出て、まるで下働きの奴隷が如く、リュッグやシャルーアに尽くす義理などまったくない。


 現状に、僅かばかりは不満を感じている―――それがゴロツキ野郎4人の感覚だった。



「(コイツら大丈夫かなー……? バカやらかさなきゃいいけど……)」

 どうにもミュクルルは、同僚の野郎4人の様子を不安に思いながら、荷馬車の最後尾から、半身を乗り出しつつ後方を警戒し続けた。



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