第257話 野郎どもは我慢ができない




 ミュクルルの不安は的中する。が同時に、気付いた時にはその不安は既に解消されていた。



――――――ファーベイナから南西に15km、ウェニア村。


 まず、アーリゾが……


「アワバさんにゃあ申し訳ねぇが、我慢なんて出来るわきゃねぇ、アンタもそう思うよな?」

「……」



――――――ウェニア村から東に8km、ビンノ村。


 デッボアが……


「そんな身体つきしてるのが悪いんだぜ、お嬢サマよぉ、うへへっ」

「………」



――――――ビンノ村から南に7km、バレーネの町。


 ハルガンが……


「いい女が近くにいる……我慢の限界ってヤツだ、わかるな?」

「…………」



――――――バレーネの町から南東に9km、ベイヌンの町。


 そしてイリージンが……


「はぁ、はぁ……し、静かにしろ。こ、声を出してはいけない、わ、わかるな!??」

「……………」




 それぞれシャルーアに手を出した。


 シャルーア自身が被害を訴え出ないのでミュクルルはもちろん、アワバやリュッグもその事に気付けない。

 しかしベイヌンの町を出立する時、ふと4人の雰囲気がファーベイナを出立した頃とは変わってるような気がしたことで、ミュクルルは気付く事ができた。






――――――そして、ベイヌンの町から南西に10km、ユールクンドの町。


「……ホントにさ、呆れるってーのアンタ達は。旅にでて1週間もしないうちから、4人全員さらっと親分の信頼裏切って、なにヤっちゃってんのさ??」

 とりあえず面倒な事になりそうなので、アワバやリュッグのいないところで4人をしかりつけるミュクルル。



「すまん……」

 ハルガンが神妙に謝る。


「つ、つい出来心でっ」

 ちょっとだけ涙目になりかけてるイリージンが、落ち着かない謝罪をする。


「ムラムラっときちまって……今は反省してるぜ、いやマジで」

 らしくないほど真面目な態度で謝るアーリゾ。


「き、気付いたらその……いや、なんでもねぇ。悪かったよ、俺が」

 悪さをしても謝らないことで有名なデッボアが、言い訳を途中で止めて謝る。



 ミュクルルは4人の態度に超がつくほど驚いていた。自分なんて女でしかもアワバみたいに親分の幹部だったとかそういう人間じゃあない。

 しかも4人よりも年下のガキだ。ゴロツキ野郎どもなら、生意気だぞとか言って、最悪ならお前が代わりにヤらせろよ、なんて逆ギレで襲ってきたっておかしくない。


 実際、ミュクルルはそういう事態も想定して4人をしかりつけた。なので彼らの素直に謝るその態度は、拍子抜けも拍子抜けだった。



「ど、どしたのアンタら、何か悪いものでも喰ったの?? ちょっと気持ち悪いんだけど……」

「へっ、確かに喰ったっちゃあ喰ったのかもな。悪いもの……じゃあなく良いものをさ……」

 哀愁を伴うように答えたアーリゾ。他3人もすごく同意とばかりにウンウン頷く。


「あれは……そう、太陽の恵みだ……後ろ暗い世界に生きて来た俺達の心を照らす太陽だったんだ……」

 イリージンが何か詩的に呟くと、やはり他3人はウンウン頷く。


「たまらなかった。今までヤった女なんて忘れちまって、夢中になって……んで、朝起きてみたらよ……メチャクチャ爽快な気分になっててよぉ」

 改心した悪童みたいなキラキラした瞳を浮かべるデッボアに、他3人の瞳もキラめく。


「お嬢さん、いやお嬢様に気付かされた。心と体で俺達を分からせてくれたのだ」

 ハルガンの一言に、他3人は それな! と一番得心いくと言わんばかりに反応する。



「……アンタ達、気持ち悪すぎ……。よくわかんないけど、お嬢様に手ぇ出したい時は、次から私で我慢しときな。いい? わかった?!」

 そう。ミュクルルはその役目・・・・をメサイヤより担わされていた。


 いくら脅し、厳命してみたところで所詮はゴロツキ。どこでその欲が暴発し、シャルーアに向かわないとも限らない。

 なので万一の時は、ミュクルルがそのはけ口となる事を、親分であるメサイヤから申し付けられていた。


 ところが―――


「えー?」

「いや、結構」

「俺達、お嬢様のおかげで目が覚めたし」

「なー。それに凹凸ないガキに手ぇ出す気になれね―――」


 ズガッ!!


「誰がツルペタだぁーッ!!!」

 デッボアの顔面にミュクルルの拳が埋まる。大熊みたいなデッボアが1撃で地面に倒れた。


「お、落ち着け、そうは言ってない!!」

「そうそう、デッボアもおうとつ―――ほぐっぅ!!?」


 ドボゥッ!!


 腹が深く蹴り込まれ、その場に倒れて転がりながら悶絶しはじめるアーリゾ。

 その様子に、これは下手に口を開けないと悟ったハルガンとイリージンは、なだめる言葉すら吐き出すのを堪えた。


 


―――ミュクルルは、メサイヤ一家にあっては非常に少ない女性。


 ゴロツキ野郎どもの中にあっては当然、日頃から性的欲求の的にもなり、彼女自身も欲求不満を解消せんと、割と日常的に関係を持っていた。


 だがその体躯は痩身で小柄。そんな身で荒々しい野郎共の苛烈な欲求を受け止められるのだから、野郎共にもそれなりに認められた存在であった。


 実際、その痩身な体躯とは裏腹に、その気になれば大の男も1撃でノックアウトできるだけの力と戦闘技術を持っているのもあって、下っ端な彼女ではあるが、侮る者はいなかった。


 そんな彼女に唯一禁句なのが ” ツルペタ ” であり、耳にした途端、スイッチが入る。

 いうて彼女もメサイヤ一家の一員のゴロツキの一人だ。当然、その性格の芯には荒々しいものを持っている。





 特に今回、4人には早々に親分の言いつけを破ったという事への制裁も必要という事もあって、ミュクルルの瞳が怪しく光る。


「……決めた。これからアンタら全員、不能になるまで私が搾り取ってやる。そしたらシャルーアちゃんに手ぇ出そうって気持ちは一生起こらないでしょ」

「!?」「いや、ちょ―――」





 翌日。


 目を覚まさない死屍累々な4人のせいで、リュッグはユールクンドの町にもう1日滞在するという選択をさせられ、シャルーアはアワバと、そしてやたら肌艶よく元気で上機嫌なミュクルルをお供に、町の見物に出かける事になった。

 



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