第254話 はぐれた友情を繋げる手紙




 シャルーア達がファーベイナの面倒事を解決したその頃……




「ふんふん……、つまり、情報が欲しい、そういう事?」

「は、はい。テルセス枢密院長と致しましては、ターリクィン皇国とこのファルマズィ=ヴァ=ハールの縁を結ぶに辺り、事前に成すべき基本的な情報の共有は必要とお考えでありまして」

 このたび密使としてヴァヴロナよりこのエル・ゲジャレーヴァ宮殿へとやってきた彼―――エリオスジャックは、何でこの女性相手に話を進めることになったのかと、ややいぶかしげに思っていた。




「(まだ10代の小娘のようだし……だが、この地の東西護将の一人が妻であるとか)」

 一体前に密使に来た仲間は、どういう話の付け方をしたのかと呆れずにはいられない。

 いかにその国でも地位ある者の配偶者といえど、他国からの密使と話をつける役目を担うというのは、いささか異様に思える。


 だが、目の前の妊婦たる女性―――ムーは、なんとも言えない雰囲気を放っている。ただ者ではない事は確かで、だからこそエリオスジャックは帯びた伝者の使命どおりに会話を進めていた。



「話、わかった。……情報は、これ、まとめてある。……持って帰る、良い」

 そう言うとムーという名の女性は、自分によく似た……おそらくは姉妹であろう女性の持つトレイに手紙を乗せ、エリオスジャックの元に運ばせた。


「はーい、ちゃーんと持って帰ってねっ、途中で無くしても再発行はしないからー」

「は、はぁ……それは勿論でございますとも。―――ん? これは、2通……?」

 トレイの上に乗せられていた手紙は2つあった。


 エリオスジャックは、改めて問うように、手紙を手に取る前にムーの方を見る。


「1通……赤い方、テルセス宛て。もう1通、青い方……ローディクス卿・・・・・・・宛て。もちろん中身、見ちゃ……ダメ、わかった?」


「は、はは! しかとお預かりいたしますっ」

 密使は、特有の連絡網とルートでもって、この魔物が活性化している状況下にあっても祖国と難なく行き来している。

 そのルートは当然、いかなる相手にも秘密だ。しかしそれを暴く必要はない。


 ムーとナーは、届くかどうかわからない一般的な配達ではなく、ヴァヴロナの密使を確実な配達手段として利用する。

 リュッグの代わりにヴァヴロナからの密使の受け皿になったのも、それが一番の狙いだ。

 ヴァヴロナに渡す情報にしても、国の要職たる将の1人である夫グラヴァースに相談すれば、渡して良い情報を選定してもらえる。


 ムーとナーの姉妹は、難なく目的を遂げていた。







 そして後日、ヴァヴロナにて。


「むう……ローディクス卿・・・・・・・宛て、か…。内容は気になるが、ならば途中で封を開けるわけにもいくまい。このまま間違いなくお届けせよ」

 テルセス枢密院長は、密使が預かって来た手紙のうち、自分宛ての1通だけを受け取ると、もう1通は素直に宛先に届けるようにと指示した。


 これがもしアンネス宛ての手紙であったとしたら、あるいはテルセスは中身を検めようとしたかもしれない。

 しかし ” ローディクス卿宛て ” としたことで、途中で封を切ることのリスクを高め、中身をみられることなく確実に目的の人物に届くようにしたのは、ムーの一手。


  ・

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 そしてその目論見通り、ヴァヴロナに滞在するローディクス卿一家に、ヴァヴロナの密使を利用して、その手紙は届けられた。


「ほう? これは……ふむ、なるほどのう。……アンネスを呼んできてはくれぬか」

 手紙を受け取り、中身を見たジルヴァーグは、同行の執事に妻を呼ぶよう申し付ける。

 そして、今一度手紙を眺めると、ホッホと軽やかに笑った。


「(この手紙の差出人は、なかなかに頭が良い。目的の人物に届けるに辺り、ヴァヴロナを通すことに一抹の不安を覚えてか、ワシ宛てにするとはのう)」

 自分を利用してでもこの手紙を届けようとした、その理由は文面に答えがあった。


 それは友情。


 かつて互いの行方も分からなくなり、切れてしまったものが繋がる。


「失礼致します~、旦那様~。お呼びとの事ですが、いかがなさいましたか~?」

 側用人の目がある故、旦那様と呼ぶアンネス。するとジルヴァーグは気を利かせる。


「お前達は席を外しなさい、妻と二人きりになりたいでな……。しばし子らの方を見ておるように」

「「ははっ!」」

 ジルヴァーグの命令で室内は二人きりになる。アンネスは微かに驚いた。

 まだ真昼間であり、子供達の面倒を見ていた自分を呼び出した上で二人きりになる……

 夫は歳のせいもあってか、日中も憚らないような精力的なタイプでない事は重々承知しているだけに、アンネスは初めてのケースに戸惑いを覚えていた。


「ホッホ、アンネスや。お前に・・・手紙が来ておるでな」

「? 私に……? 一体どちらの方から……―――」

 アンネスに手紙がくるとしたら、ターリクィン皇国の貴族男性からだ。ジルヴァーグの妻である彼女に、はばからずも愛のささやきラブレターを送ってくる大胆な男は少なくない。

 あるいは、老い先短い夫ジルヴァーグが他界した後に、その身を狙ってる者もいる。




 だがその手紙は、身構えたアンネスが想像していた差出人とはまったく違っていた。思わず言葉が詰まるほどの衝撃と、そして喜びの感涙を催す内容と差出人の名を、彼女はその手紙に見た。


「……ムーちゃん、ナーちゃん……生きて……生きて、て……くれたん、だ……」

 言葉遣いがいつもと違う妻。

 まるで子供に戻ったように、涙をボロボロ流す妻。ジルヴァーグはそっと膝を貸すと、思い切り泣いてよいと、その頭を優しく撫でた。



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