第252話 酒の席では語り嗤え




 リュッグはより詳しく、自分の知っているシャルーアについてメサイヤに話した。



「……そんなわけで、だ。まぁなんだその……一般的な常識や倫理観からすればあり得ない奇異なことではあるんだが、な……」

 異性に対する抵抗感がまるでなく、簡単に肌を重ねることを良しとする。


 いや、良しとか悪しとか以前の話だろう。シャルーアにとっては、異性を交わるというのは、挨拶や呼吸をするのと変わらない感覚―――考えすらしない、自然な行為の一つでしかない。


 リュッグとしても最初、そうした倫理観のズレは矯正すべきだと思っていたし、事実としてこれまでも、時折そうした事があった際には説教はしていた。



 が、最近は少し、それはもしかすると違うのではないかとも思い始めていた。


「(当たり前に考えるならはしたない事だ。倫理上の問題なんかにもつながるだろうし、悪意ある者がそんな彼女の性質タチを利用しようと近づいてくるような事にもなりかねない。しかし……)」

 それはあくまで、世間一般的な考えや観念に基づいている見方だ。


 真に多種多様性と許容するのであれば、そんなシャルーアの淫らな性質も、個性と認めるべきだろう。


 そして何よりリュッグは、最近になってある事に気付き始めていた。


「(何故かは分からんが、シャルーアが関係を持った相手は、悪人ならば破滅を、そうでないならば救いを……そんな偶然的なことが、起こっているように思えるのは、俺の気のせい、と思いたいが……)」

 正直、まだ確信を持って言えることではなく、リュッグ自身の心の内にとどめていたその不可思議。

 だが、シャルーアが “ 御守りの一族 ” という特別な出自である話を知って以降、その不可思議は、単なる偶然ではない気がしてならない。


 ならば果たして、軽率に異性と肌を重ねるような真似をするのを咎めるのは、正しいのだろうか? と、シャルーアを一般的な観念や常識に矯正しようとする事に、リュッグは疑問を覚え始めていた。





「(……と、少し思考が外れてしまったが、メサイヤ殿は―――)」

 メサイヤは忠義の厚い私兵だった。そして今も、シャルーアへのその忠誠心かなり高いと思われる。

 ゆえにリュッグが知る限りの、シャルーアのセンセーショナルなモノを含んだ今までの旅路の話は、かなり刺激が強いのではないかと心配だった。


 ―――が、恐る恐る伺ったメサイヤの様子は、意外にも平静なものだった。


「……」

 何を考えているのか、リュッグが言葉をきってから長時間、黙したまま酒の入ったコップの水面をじっと眺めている。


 背後のテーブル席でどんちゃん騒ぎをしている配下達のことなど忘れているかのように、カウンター席の一角で、その持ち得ている迫力ある風貌には似つかわしくないほど静まり返っているメサイヤ。


 激昂するでも、嘆くでもなく……ただ口をつぐんだまま、黙し続けていた。


「……メサイヤ殿?」

 あまりに長く黙しているものだから、ついリュッグが問いかけ気味に名を呼ぶ。

 すると―――


「フッ……クッハハ……ハハハハハッ……いや、すまない、リュッグ。俺はつくづく……馬鹿であったなと、己を振り返っていたのだ」

 突然笑い出し、自嘲を呟きもらし出す。



 メサイヤは、心のどこかであの男ヤーロッソの肩を持つシャルーアを甘くみていた。

 お嬢様、まだ子供、世間知らず……深く強い忠義の心は確かにあれど、どこかでそう、侮っていた自分。


 だがリュッグから詳細に聞いた、シャルーアのこれまでの旅と出来事は、生半可な経験ではない。


 傭兵の助手として仕事を行い、時に世の男の劣情を受け止め、魔物とすら意志を疎通し、様々な出会いと別れの経験を積み重ね、そして今、その生まれたる特別な一族の生き残りとして、安穏ではないであろう運命が待ち構えている……


 みずから刃を握りしめ、非力可憐な身を少しでも鍛え、逞しくなろうとしてるお嬢様―――気づけばメサイヤは無意識のうちに、涙を流していた。



「(親は無くとも子は育つ、などとは言うが……旦那様、奥方様……お嬢様は、思いのほか、たくましく生きていらっしゃるようです)」

 正直、異性との交わった話のところで、幾度も怒りが沸き起こりそうにはなった。だが考えてみれば、大きな庇護を失って社会に放り出された時点で、シャルーアのような器量の良い少女は、容赦なく世の男達の情欲の的となる。


 魔物の脅威を別としても、世の中とはそれほど安全無事な世界ではない。


 むしろ、シャルーアと同じような境遇の少女がいたとしたら本来なら今頃は、然るべきところに押し込められ、身体を売る商売をさせられる毎日を強制されていたりする。


 いや、それならまだいい。生きていけるだけ幸せな方だ。


 最悪だと、とっくに野垂れ死にしているか、それこそ魔物に襲われて無惨に食い殺されていても、このご時世では何ら珍しくもないこと。



 それを、自由を失うこともなく今まで生きてこれたのだ。それだけでも十分恵まれている。



「……あらためて感謝する、リュッグ……いや、リュッグ殿。お嬢様が今日まで無事、生き延びてこられたのもあなたのおかげだ」

「いやいや……俺は最低限、あの娘が一人でも生きていけるようにと、多少のことを教えるくらいしかできなかったよ―――お嬢様のエスコートは中々に大変だな」

 そう軽口で締めると、二人してクックックと笑う。



 そして示し合わせるでもないのに、互いにコップを出してカチ合わせ、中身をあおった。




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