第九章

正義の在り処

第241話 自分の持ち物



――――――5日後。


 リュッグとシャルーアは、ファーベイナの町にいた。


「まさかここまで同行いただけるとは……グラヴァース殿に感謝していたと伝えてください」

「いえいえ、我々も言うなればこれが仕事ですからね。魔物の跋扈ばっこをただ見ていては、それこそ中央から叱られるというものです」

 王都への道中の危険度を再確認したリュッグ達だったが、その事を聞いたグラヴァースが討伐軍を編成し、リュッグ達に付ける処置を取った。




 エル・ゲジャレーヴァから街道を南進することおよそ80km。

 ファーベイナの町までの間には立ち寄れる場所もなく、延々と街道が続く。


 それゆえこの地域の魔物の討伐にも一苦労なのだが、グラヴァースはいっそ、行き交う者の護衛を兼ねるように兵をくっつけ、道中出没する魔物を返り討ちにする形で駆逐してゆく方策を提案。


 200人体制の兵士達が合計20組ほど組まれ、ローテーションでエル・ゲジャレーヴァとファーベイナの町の間を行き来する。

 その有効性のほどを試験する意味でも、リュッグとシャルーアの道中をエスコートする役割を命じられた部隊は、およそ350人にも及んでいた。


 おかげで二人は道中、まったくの苦労もなくファーベイナの町へと到達できた。


「ただ、残念ですがグラヴァース閣下の管轄はこのファーベイナの町までですので、ここから先は……申し訳ありません、リュッグさん」

 まだ若い隊長格の兵士は、とても真面目な性格らしく、鎧姿で深々と頭を下げた。


「いやいや、ここまででもかなり助かりましたよ。幸い、ここから先は王都までそれなりに町や村がある……慎重に進めば我々だけでも何とかなりましょう」

 それは言葉の上でだけの事。実際はそんなに甘くはないだろう。


 あの3人の傭兵達から話を聞く限り、完全に王都圏へと入ってしまうまでの間は、相当にヤバイ道のりが続くであろうことは、想像にかたくない。


「(リーファさんから彼女の母への紹介状も貰ったし、何とか王都にたどり着ければまだ……)」

 ともあれ、1歩1歩進むより他ない。慌ててもどうしようもない事だと、リュッグは頭を切り替え、今日の宿を探すように建物を見回しながら歩き始めた。




  ・


  ・


  ・


「はい、こちらをお願いします」

「かしこまりました、ではこちらの品の配送先は、エル・ゲジャレーヴァ宮殿のムー様宛ということで……。一応注意事項となりますが現在、配送の確約は致しかねる状況にあります。途中で荷が失われる可能性等があることも、あらかじめご了承ください」

 リュッグが宿を探している間、シャルーアは傭兵ギルドにて、ファーベイナで見つけたお土産品を、ムーに送る手配をつけていた。



「はい、大丈夫です」

「ではこちらの配送のご依頼、確かにお預かりいたしました」

 傭兵ギルドの利用にも慣れてきたシャルーアは、スムーズに用事を終える。


 受付にペコリンとお辞儀してから離れると、一度脇にあるテーブル席に腰を落とした。


「ええと、手数料が……でしたから……うん、間違いなしです」

 何かお金を支払う事があったら、キチンとお財布の中身の確認する。間違いがなかったかどうかなどを見過ごさないためと、今の手持ちがどれだけ残っているかを常に把握するためだ。


 リュッグはそうした生活に必要な事もしかと教えてはいるが、これまでは基本、財布はリュッグ自身が管理していた。

 しかし、エル・ゲジャレーヴァを発つ際、リュッグはシャルーアの財布を用意し、そこに前回の ギガスミリピード大魔蟲ヤスデ を倒して得られた額の8割を入れて、シャルーアに渡した。


『この財布が、お前の全財産だ。これからは依頼の報酬なんかもお前に分け与えていく。キチンとお金の管理をしていく事を覚えるんだ、いいな』

 これまでも、リュッグが留守にする際などには財布を預けられたりもした。しかし、シャルーアの財布……つまり彼女個人の財産の基盤となるモノを与えられたのは初めてのこと。


 リュッグは、この先シャルーアの近くに自分がいてやれなくなる可能性を見据え、一人でしっかりと生き抜いていける基盤を、本格的に彼女に作らせ始めたのだ。





 そんな、シャルーアにとっては服と刀以外、初めてともいえる自分だけの持ち物であるお財布だったが―――



 パシッ


「ぁっ」

「へへ、いただきぃっ!!!」

 傭兵ギルドを1歩外に出た途端、いきなり世の中の洗礼に遭う。財布をスリ取られてしまった。


「返してください」

 叫ぶでもなく、平坦な声ながら、いつもよりかは大きな声量。しかし犯人は容赦なく遠ざかっていく。

 どうやら相手はスリに慣れているようで、まるで誰もいない道であるかのようなスピードで、雑踏の間をすり抜けていった。




 シャルーアが追いかけようと走り始めて数歩進んだ時には、もうどこにも姿が見えない……が、シャルーアの表情は途方に暮れるどころかいつもと変わらない。だが、何とも言えない迫力めいた雰囲気が宿り、その瞳の色が僅かに変化した。



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