第234話 詰め寄られる傭兵
そうはいっても厳しい情勢の昨今だ。安易にいざ王都へ! とはいかない。
「むぅ……道中は、やはりヨゥイが増えている、か」
「はい、ここ1ヵ月で更に遭遇や被害の報告が増加していますね。正直なところを申しますと、もはや街道の安全はまったく担保できない、と言わざるを得ません」
傭兵ギルドの受付嬢も、暗い顔を隠さない。
出没する数もそうだが質も上がっていて、討伐に出て帰って来なかった傭兵の数も増えているという。
そのリストを見せてもらうと、リュッグも知っているベテランの名がチラホラ見受けられた。
「(彼らほどのレベルの傭兵ですら……参ったな、これは)」
これまではムー、ナーの双子姉妹や、ルイファーンやオキューヌのようなお偉いさんとその護衛だったり、ゴウやミルスのように豪の者であったり―――妖異が活発化する状況にあってもあちこち移動できたのは、強力な助っ人に恵まれていたからと言える。
だが現状はというと、妊娠中のムーがそろそろ動けなくなってくる頃合に差し掛かり、ナーも恐らくムーの傍にいるだろう。
王都へは、ほぼリュッグとシャルーアの二人旅状態で向かうことになってしまう。
「(多少はマシになったといっても、安定してヨゥイに対抗できる力がシャルーアにあると考えることは出来んし、俺だってそうだ、対応不可能なレベルのヨゥイに遭遇したらおしまいだからな……)」
ローディクス家のことさえなければ、このままエル・ゲジャレーヴァに留まり、機会を伺うというセンもなくはなかった。
だが、シャルーアの事がウワサなりとも王の耳に届くようなことがあれば、向こうから危険が飛んでくるという可能性も考えられる。
南北から追い詰められているような気がして、リュッグは苦渋に満ちた表情を浮かべた。
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「最適解が見つからない問題、なんてのは今までもよくぶち当たってきたもんだが、ここまでキツい状況は初めてだな……」
ギルドを後にして町中を歩くリュッグは、思わず呟きながらため息をついた。
「(一番ありがたいのは、こっちが考えすぎてるっていうオチなんだがな……)」
あるいは王に謁見に行ったとしても、危惧するような展開にはならないかもしれないし、ローディクス家の方にしろ、もしかしたら全然問題ない理由でリュークスを探しているのかもしれない。
だが、リュッグには信じることが出来ないのだ。
子供の頃に見た、権力というものが絡んだ時、人間が取る醜悪な考えや行動のせいで、権力絡みの話にはどうしても最悪の状況を想定せずにはいられない。
「(どうする? ……確かに命を一番大事に考えるのが最優先、だがこのままエル・ゲジャレーヴァに留まっていても、よろしくない展開になる可能性が多分にある……考えろ、考え……―――)―――」
リュッグは、思わず舌打ちをしそうになった。しかしその衝動はぐっと抑える。
そして黙したまま、いずこかへと歩きだした。
「………」「………」
活気ある町の雑踏。その足音はめいめいバラバラだ。
しかし、明らかに同じリズムの足音や衣擦れの音がついてくる。
「(どこの手の者だ? ……グラヴァース殿の使いだとかならいいんだがな)」
残念ながらそうではないだろう。
もしグラヴァースの使いなら普通に話しかけてくる。だがこの足音は明らかに気配を抑え、雑踏に溶け込むように意識しつつ、リュッグを追尾している。
そんな事をするのは何かやましい理由があるか、スリでもしようとしている犯罪者か、あるいは厄介な密命を帯びてきている
「……」
リュッグは不意に、軽くフェイント気味に大通りから路地に曲がった。
当然追ってくる者は慌てる。
互いの距離を考えた時、入り組んだ路地に入られては、簡単にまかれてしまうからだ。
だがリュッグはそこを狙う。
……ガッ!!
「っ!!」
「大人しくしろ」
案の定、慌てて込み入った路地に飛び込んできた追尾者を、リュッグは難なく後ろから捕獲し、短剣を首元に突きつけた。
「何者だ。何故俺を
一見すると、ありきたりな旅人風の恰好。だが口元を布で覆い隠し、フードを被って、明らかに自分の人相を隠そうとしている。
さらに靴や足回りも、なるべく大きな音が立たないような工夫がなされていて、間違いなく普通でない。
「わ、私は……ヴァヴロナよりさる御方の命を受けて来た者ですっ」
「(ヴァヴロナ? ターリクィン皇国ではない?)……さる御方とは誰だ。あいにくと、ヴァヴロナのお偉いさんに知り合いなどいないんだが?」
「そ、それは……っ」
首元に薄っすらと血の線が走る。
リュッグとてこんなところで人殺しなどゴメンだが、怪しい相手に甘い対応は必要ない。受け答え次第では本気でその首を搔っ切る気でいた。
「っ……わ、私は、ヴァヴロナのテルセス枢密院長からの使いでっ、
「(? どういうことだ。何故ヴァヴロナが出張って来る? それに “ リュークス ” だと?)」
なぜ無関係な国が、自分の本名を知ってるのか?
きな臭いものを感じながらも、リュッグは慎重に問い詰めていった。
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