第235話 遥か彼方の思惑達を解する




 リュッグを尾行していた男は、ヴァヴロナのテルセス枢密院長の使いだった。



「……ヴァヴロナの国としての方針と致しましては、ファルマズィ=ヴァ=ハールの現状を憂い助力する方針ではございますが、一方で情報が少なく、いかなる助けの手を伸ばしたものかを決めあぐねておりました。その際、ターリクィン皇国よりローディクス卿御一家の来訪があり、かの国におきましても魔物の増加傾向にあると……」

「ならばなぜ、この国の王に直接使者を立てない?」

 友好国同士なのだから、気兼ねなく外交使節団なり送り合えばいいだけのこと。にも関わらず、イチ傭兵に接触してくる事自体が異様。


 ローディクス家ともども何を企んでいるのか……リュッグの警戒感はさらに増した。




「そ、それがその、ローディクス卿がリュークス殿に大層な御執心のようでして、我が国に代わり、皇国が友好使節団の名目でファルマズィに魔物活発化の情勢について接触するとお約束を……」

 凄みのあるリュッグに迫られ、しどろもどろな受け答えの男。だが徐々にそれぞれの思惑が理解できてきた。


「(ヴァヴロナは、いかに友好国とはいえ不躾に魔物活性化についてこの国に問うのを躊躇っている……あるいは友好国だからこそか。そしてその接触をターリクィン皇国が代わりにやってやろうという事か。皇国は皇国で、魔物増加についての情報を得る事が国としての目的なんだろうが……)」

 そこに自分の存在が嚙んでいるのが解せない。


 話からして、ヴァヴロナに外交接触しているのはローディクス家当主直々のようだが、狙いは何なのか?


「……ローディクス卿の、現在のローディクス家当主の名は?」

「た、確か……ジルヴァーグと言った、結構な高齢の老人だったかと」

 それを聞いた瞬間、リュッグは得心いった。

 あの歳の離れた兄ならばなるほど、自分の所在を知れば何等かの接触はしてくるだろう。


 問題はそこに、悪しき意図なりが含まれていないかだ。


 リュッグの知るローディクスの一族は、自分の利のためなら親兄弟だろうが何だろうが、どんな手を使おうとも利用しかねないような者ばかり。


 兄自身がリュッグに対して良好に思っていても、周囲が弱みを握って兄を利用している可能性はある。あるいは長い年月を経て、兄自身が変わってしまっているかもしれない。


 さらにもう一つ可能性がある。それは、ターリクィン皇国が接触してきたのを利用せんと、リュッグを相手の弱みと見て、ヴァヴロナが独自の考えで利用しようと企んだセンだ。


「それで? ヴァヴロナのテルセスとやらは、お前に何を命じた? 俺に接触を図ったその後は?」

「わ、私は言伝を……っ、それとこちらを……わ、渡す……ようにと言われてっ」

 そう言って取り出したのは1通の封筒。だが紙にしては中空でも垂れることなくしっかりと形を保っている。


 リュッグはそれをひったくるように手に取ると、中身を検めた。


「……―――これは、ローディクス卿からか」

「は、はい、決して開かないようにと厳命の上、お預かりしてまいりました次第で」

 手の平大の金属プレート―――見た瞬間に送り主が誰か、そしてその意図も察したリュッグは、ようやく絞め捕えていた男から腕を放した。


「げほっ、ごほっ……な、なかなかの腕をなさっているようで……」

「怪しく尾けてくる方が悪い。それで、言伝というのは?」

「は、はい……こちらはテルセス枢密院長のお言葉で “ ぜひともファルマズィの現地の情報を教えて頂きたい ” と」

 なるほど、とリュッグは理解した。


 いかに友好国とはいえ、ファルマズィに接触するにはあまりにもファルマズィ国内の現状に関する情報が足りない。

 相手の足元を見るとまではいかないが、話をする・・・・にはやはり有力な情報の1つも掴んでおきたいというのが、ヴァヴロナの思惑。


 加えてその情報をローディクス卿にも差し出せば、ターリクィン皇国にも貸しを作れる。いかにも国家政治が考えそうなことだ。


「……。返事は少し待て。こっちも色々あって、本来ならお前達に構っている暇がないほど忙しい……有無を言わさず、怪しいヤツの首を絞めるほどピリピリしている程度には、な」

「も、申し訳ございません」

「それと以後、俺のことをリュークスと呼ぶな。その名はとっくに捨てた名……俺はリュッグという別の人間だ、わかったな」



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 リュッグは、それからも男を問い詰めて色々と細々したことをしぼりあげてから解放した。


「(また思わぬところで思わぬ情報が得られたもんだ……)」

 男が知る限りという前書きはつくが曰く、兄にはアンネスという名の若い妻と子供がいるということ。今は宰相を引退して皇帝相談役に就いていること。

 やはり皇国でも魔物の案件が増加傾向にあり、その点についての原因を求め、ファルマズィ=ヴァ=ハールに接触を試みるに辺り、まずヴァヴロナにアプローチして前情報の獲得や、仲介を期待していたようだということ……



「(さて、色々分かったとはいえ、だ。タイミング的に面倒なことになったのは違いないわけだし、一体どうさばいたものかな……)」

 兄は、自分が決して帰ってこないであろう事を見越していた。

 だからこの ” プレート ” を届けさせたのだろう。


 もし自分が、ローディクス家の人間のままであったのなら、プレートは有難いアイテムだった。

 しかし家を捨てたリュッグには、なかなか悩ましいアイテムである。



 だからといって、気軽に処分できるモノでもない―――リュッグはため息をつくとともに、とりあえず仲間が待っている宮殿へと、一度戻ることにした。




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