第229話 お腹を空かせた美少女




 ある日の夜。シャルーアは不意に目を覚ました。




「……」

 寝付けない、のとはまた違う不思議な感覚。

 しっかりと眠っていたはずなのに目を開けた瞬間、完璧に覚醒している。


 視界に映るのは、エル・ゲジャレーヴァ宮殿内の暗く青い夜色に染まった個室の風景。

 月明かりが弱い。音もなくバルコニーに歩み出て見上げた空は、やんわりと明るいが、欠けた月は何だか元気がないように見える。


「? ……何でしょうか、この……感じ……?」

 そんなワケがないのに、まるで手を伸ばせば天に届きそう。

 ロマンティックな比喩ではない、本当にそう思えてならないのだ。


 不意に、試しに、何となく……


 シャルーアは右腕をあげてみた。月へと向かって。


「(……これは……?)」

 自分の中からやんわりとした熱がこみ上げてくるのを感じる。


 病気の発熱とは違う、強い生命力を感じるその熱は、やがて彼女の全身にまわり、満たされ……掲げた右腕からゆっくりと、お香のくゆる煙が空へ溶け込んでいくかのように―――






 同時刻、ファルマズィ=ヴァ=ハール南部。


「!!? ―――……」

「! サファ様、お目覚めに! お加減はいかがですか?」

「ええ、悪くはないわ。……むしろ、気分がいいくらいよ」

 この日、ムシュサファは風邪を引いて寝込んでいた。


 だが真夜中にいきなり飛び起きたものだから、夜通しの看病のために傍についていた取り巻きたちグッドルッキングガイの一人が慌てふためく。



「(……この波動、やっぱり北の? ……どういう事、一体何をやってんのよあっちのは?)」

 ムシュサファにとって、 “ 北の御守り ” の動向が理解できなかった。


 動き回っているようであることは、何となく感じ取ってはいたものの、その行動理由や目的がまるで掴めない。

 かと思えば、こうして弱ってる自分に元気を与えてきた。


 あまりにも何を考えているのか分からな過ぎて、逆に警戒してしまい、少し険しい顔になる。


「(こんな事したらアンタ―――)……まあいいわ、考えるのだるいし。今はゆっくりと寝させてもらうから……あとよろしく」

「は、はい?? ごゆっくりお休みください、サファ様」









――――――そして翌朝、エル・ゲジャレーヴァ宮殿の食堂。


「……」「……」「……」「……」

 毎朝、一緒に早朝トレーニングをするようになって、すっかり馴染みになった兵士4人と朝食を取るシャルーア。


 だが、兵士達が唖然として食事の手を止めるほどに、目の前には空の皿が積まれていた。


「(不思議です……今日は、いつもよりもお腹がすいているのは何故なのでしょう??)」

 元より健啖家なシャルーアではあるが、だからといって見境なしに食事をする娘ではない。

 だがこの日の朝は、これでもかと食べ続けていた。



「ど、どうしたのシャルーアちゃん」「今朝はまた、随分と食欲旺盛だね、ハ、ハハ……」

「ってか、どこにあんなに入ってるんだ??」「わ、わからん……」


「それが、私にもわかりませんが、何故かとてもお腹が空いているんです。何故なのでしょう……」

 言いながらも皿の上の料理がヒョイヒョイと消えていく。


 元よりよく食べ、その食べっぷりの良さから食堂の主たる料理長に気に入られている彼女。

 料理長もよく量を出してくれたものだが、それにしても今朝はケタが違った。



「(昨夜のあの不思議な感覚のせいでしょうか? ……ですが……)」

 まだあの熱さが身体の中にくすぶっている感じがする。

 そして、食べれば食べるほどにそのくすぶりが安定してくるような感覚だった。



  ・

  ・

  ・


「うん、まぁさすがにコレは、ね……ハハ、ハ……」

 その報告書に目を通して、グラヴァースも笑顔が引きつる。


「申し訳ございません……」

 食堂の備蓄食料が大幅に減少。


 その元凶として呼び出されたシャルーアは、さすがにシュンとなって頭を深々と下げていた。



「しかし、どうやってこれだけの量を平らげられるのか、それが不思議だよ」

 見たところ、腹がパンパンに膨れ上がっているでもなし。

 食べたそばから消化したとして、トイレに駆け込むでもない。


 そもそも物理的に考えれば絶対に不可能な、本人の体の数倍量を食べているというのがまず驚きだった。



「まぁ料理長もシャルーアちゃんに甘かったっていうのを差し引いても、……うん、ちょっとどうにかしなくちゃいけないかな」

 何せ本来は兵士達の口を賄う食料だ。1人で大量に消費されては軍という集団として困る。


「ふむ……よし、こうしよう。シャルーアちゃん、アーシェーンが仕事で近隣の農村をまわる事になっているんだが、それについて行ってくれないか?」

「お仕事に、ですか? お邪魔にならないでしょうか??」

「大丈夫さ、仕事といってもやる事は見回りだけだからね。それでだ、シャルーアちゃんには、食料調達の手はずを整えて欲しい」

 要するに、食った分の補充の仕事を、食った人間に課すということだ。

 グラヴァースはいくつかの書類を取り出すと、それを机の上に広げてシャルーアに見せた。


「まだ例年より少し時期は早いんだが、毎年それらの農村から一定量の作物を納めてもらっているだが、その納品についての話し合いの仕事をしてもらえないだろうか?」

「分かりました、頑張ってお話をしてまいります」




 こうして大食漢ならぬ大食少女に、食料調達の仕事をしてもらうことにしたグラヴァース。

 だが、この数日後……シャルーアの働きに驚愕させられる事になるとは、彼はこの時、まるで思いもしていなかった。



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