第228話 根無し草お嬢様の鍛え方
「行動の制限……ですか?」
リュッグ達は、サンドブレスを倒してエル・ゲジャレーヴァの傭兵ギルドに報告した後、町の酒場で食事がてら反省会を開いていた。
「ああ、そうだ。今回は単純に強烈なブレスによる風圧、そして舞い上がる砂煙による視界制限の2つだったが、相手にするヨゥイによってはさらに厄介な行動制限される攻撃を行ってくるモノもいる」
リュッグが今回、サンドブレス討伐をシャルーア一人にやらせたのは、比較的まだ安全ながらも、こちらの行動を制限してくる敵、というものを経験させるためだった。
「特に毒や麻痺といった、身体へ危険な影響を与えてくるヨゥイは少なくない。これは普通の自然界でもそうだな。猛毒の蛇や蜘蛛といったモノは、噛まれれば命に関わるものだっているわけだが、ヨゥイの場合はそれらよりも強く、そして大きい……そういった敵と対峙することも、これからは視野思考に含めていかなければならない」
リュッグの教えに、シャルーアはふんふんと素直に聞き頷く。
かねてよりリュッグは、いつまでもシャルーアの近くにいてやれるとは限らないと思っていた。
何せ傭兵仕事は命の危険と隣り合わせだ。どんな事でいつ命を落としても、さほど珍しいことじゃない。
もちろん簡単に死ぬ気はないし、今目の前にない想定の危険に必要以上に怯えるような未熟者でもない
……が、これからのシャルーアの人生を考えた時、仮に一人になっても生き抜いていけるだけの知識、そして経験は積ませるべきだ。
リュッグはシャルーアに、今までのような仕事のついでに教えを施すのではなく、明確に教育を意識し始めた。
「しかし驚いたよ。正直、サンドブレスはまだ一人で仕留めるには厳しいかとも思っていた」
「トレーニングのおかげかもしれません。踊りの練習を取り入れたおかげで上手く身体を動かせた気がいたします」
その言葉を聞いて、リュッグはやはりと思った。
人間は個々に動きやすい動きというものがある。
それは身体の造りであったり、本人の嗜好性や気分であったり、その時の体調であったり、培った様々な技術や知識によるものであったり……
様々な要因が複雑に絡んで、十人十色の個性が隠れるようにその人の中に潜んでいるものだ。
「(武術なんかは長い歴史で研ぎ澄まされ、ある程度は万人に向けた大系として確立した技術ではあるが……どちらかといえば敵の存在ありきで効果的な動きをまとめたものが多い)」
そういったものは、敵に対して有効な動きや攻撃方法こそ熟達してはいるものの、使い手側の個々の性質・気質に合わせての柔軟性には乏しい。多くても5~6タイプに系統分かれしているかどうか、というところだろう。
しかし、それは素人には辛い。
何せ既存の武術という決まった形の枠組みに、自分を最適化しなければならないからだ。
「(無論、その武術の型にハマりやすい者ならさほどの苦もない。だが、人間はそこまで単純じゃない……人の数だけ最適なスタイルが違ってると言ってもいい)」
なのでリュッグは、シャルーアには基礎トレーニングをやらせて、その身体能力を底上げしつつ、なるべく実戦形式で教えることにした。
その間や、今までの彼女を見て、本当にシャルーアに必要なことを見極めつつ、その都度課していく。
「(……言ってしまえば ”シャルーア流 ” の模索、だな……これは)」
――――――日暮れ、エル・ゲジャレーヴァ宮殿。
「「「お帰りなさいませ、奥方様!」」」
「ん、出迎え……ごくろー」
妊婦なのにあっさりと戦地に出掛け、さらりと夜に帰ってくる。そんな常識破りも限界突破しすぎな将軍夫人のムーだが、さすがに兵士達も慣れてきたらしい。
帰ってくるであろう頃合いを見計らって出迎えに整列してるのは、上からの命ではなく、彼らの自発的な行動だ。
もともとグラヴァース将軍自体、公式行事や公の格式ばった場でもない限り、キリッとしている事が少ない。
その配下である兵士達は上との距離が近く、キチンと兵卒と士官の線引きこそしてはいるものの、気のいい親近感ある上下関係だった。
なのでムーという変わった存在に慣れるのも存外早かった。
「お帰り。みんな、無事で何よりだ」
「そりゃあねー、このメンツで町からあんま離れてないとこに行って、無事に帰ってこないことがあったら、たぶん町の危機レベルでヤバイ敵発生してるよ、ヘタレ
「その呼び方はやめてくれって!」
夫としてムーを出迎えなければと、少しはそれっぽい雰囲気を醸していたのが、ナーにいじられて、一瞬で消える。
グラヴァースが程よくくだけた所で、兵士達が軽く笑い声を漏らした。
「すまないな、グラヴァース殿。ムーを連れまわしてしまって……」
「いや、仕方ないさ。彼女の性格からして、大人しくジッとしている方が怖いかもしれないと、理解してきたよ」
嫁の常識へのハマらなさっぷりに、グラヴァースはもう諦めたとばかりに薄笑う。
当のムーは反省なし。むしろこれが私だと言わんばかりに胸を張り、誇らしげな態度ですらあった。
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