第227話 お仕事.その15 ― 砂嵐の子 ―
リュッグは、丁度良い仕事としてそれを受けた。
「サンドブレス……悪くない、わかる。でも……」
「ああ、ムーの言いたいことは分かるよ。確かにシャルーアにやらせるにはまだ早い相手だ」
やや下腹部の膨らみが分かるようになってきたムーの懸念に同意する。だが、これを相手にするのはシャルーアにとって必要だと、リュッグは判断していた。
「サンドブレスは別名 “ 砂嵐の子 ” と呼ばれるほど、強い息を吹き、砂漠の砂を舞い上がらせ、敵の身動きを抑制してくるヨゥイだからな。今のシャルーアの力量だと、まともにやってはまず倒せないだろう」
「そこまで分かってるのに、やらせるんだー?」
「まぁな。……ナーも無理についてこなくてよかったんだぞ? オキューヌ殿達を道中途中までとはいえ護衛の仕事だ、昨日帰ってきたばかりで疲れてるだろうに」
ヒュクロも囚われ、将軍としての仕事も終えたオキューヌ達は、ワッディ・クィルスに帰っていった。
兵士達を伴ってはいたが念のためナーと、銃訓練中のムー奥様直属兵士8名が途中まで見送りがてら護衛についた。
その仕事から帰ってきたのが、つい昨日だ。
「大丈夫大丈夫。このくらいヘーキヘーキ。ねぇ、みんなも平気だよねー?」
「「「は、はひぃ、ナー様……っ」」」
うん、大丈夫そうじゃない。
中学生みたいな体躯のナーは元気いっぱい、だが立派な体格の男達が軒並みヘロヘロだ。
銃口を上にして持っている銃がフラフラしている。
「それに、サンドブレスが相手ならちょーどいいよ。銃の分解・手入れ・組み立ての実践訓練になるから」
サンドブレスとの戦闘は、広域で砂が激しく舞い上がる確率が高い。
当然、銃のパーツの隙間から砂が入り込むので、戦闘の後のしっかりとしたメンテナンスは必須になる。
何もない状況下でのメンテナンス訓練とは違って、粒子の細かい砂粒が実際に入り込むので、訓練としてはより有効だ。
ナーはそれを見越してヘロヘロの彼らを連れてきた。
「……お、どうやら1斬り入れたようだな。始まるぞ」
今回はシャルーア一人に武器と道具を一通り持たせ、サンドブレスに自分で考えて立ち向かわせるように指示した。最低限、ヨゥイの情報は教えてはいるが、現実的な倒し方などは自分で考えさせる。
リュッグ達は少し離れたところから観察。ムーとナーは防塵を意識しつつ、場合によってはいつでも発砲できるように愛銃を展開した。
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「はぁ、はぁ、……やはり、背中は硬い……ですね」
『キュルルルル……ギュゥウウ……』
サンドブレスは巨大なアルマジロのようなヨゥイで、背負う背中の装甲がアルマジロの比ではないくらいに硬い。
そしてアルマジロと違って丸くはならず、防御態勢時は装甲の無い腹側を砂に埋もれさせて伏せる形を取るヨゥイだった。
『ギュルルルルッ』
ビュオッ!!
「っん! ……はぁ、はぁ、すごい速さ……かわすのが精一杯……はぁ、はぁ……」
身体のバネが強いらしく、あまり動かないところから瞬発力を利用して移動する。
ワンステップで20mは移動できるというバネの強さは、戦闘時にはより短い距離を移動するのにパワーを集中するためか、猛烈な勢いを持って飛んでくる。
そして背中の装甲を打面にするように空中で半回転し、敵に当たっても当たらなくても器用に着地する。
しかもその体の大きさは、バスケットボールを2まわり大きくしたレベル。そんなモノが金属の硬さを思わせるほどの装甲を猛スピードで叩きつけて来ようとするのだ。
当たれば骨折は免れない大ダメージを受けるし、武器で受け止めようとしたなら砕かれてしまう気がする。
そして、このヨゥイの一番の厄介な点、それが―――
「! ……ブレスでしょうか!?」
『キュフウウウウ……フーーーーー!!!!』
強烈な風圧でふき出される息。
身体がさらにひと回り膨れ上がる予備動作のあと、嵐の中で吹く突風のようなブレスが発せられる。
それによって一瞬で辺りは砂煙に包まれる。強い風にシャルーアは飛ばされないようにするだけで精一杯になり、身動きし辛くなる。
『ギュルルウッ!!』
そこをサンドブレスは狙って攻撃を仕掛けてきた。
だがその一連の動きは事前にリュッグに教わっていた通りのこと。シャルーアはぐっと地面に腰を落として踏ん張り、飛んできたサンドブレスを紙一重でかわす。
「……ここで、こうっ」
ヨゥイと入れ違いになるように身体を前に出し、同時に軸足とは逆の足で地面を蹴って、その身を横回転させる。
回り込むような軌跡を描いた刃が、中空にあって通り過ぎて飛んでいこうとしているサンドブレスの腹に入った。
ザグッ
『!!! ギュウァアアアッ!!!』
入った刃は綺麗に斬り抜ける。サンドブレスのいいところを斬り裂いたらしく、あげる咆哮は苦痛に満ちていた。
想定外の攻撃を受けたサンドブレスは、綺麗に着地することかなわず、予想よりも遠い位置で跳ね転がる。
腹からドクドクと出血させながら身を起こし、態勢を整え直そうとするが、やはりダメージは大きいらしい。
フラリと1歩2歩、前に歩いたかと思うとバタリと砂漠に倒れ伏し、やがて動かなくなった。
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・
「よくやった、シャルーア。一人で仕留められたな」
砂煙が徐々に晴れはじめ、リュッグ達が駆け寄ってくるのを見て、シャルーアは緊張を身体から抜くように一息呼吸を吐くと、構えを解いて刀を鞘にしまった。
が―――
「!!?」「ぶっ!!」「ぬなっ」「…こ、これわ……」
「はーい、アンタら見なーいっ!」
バキッ、ドコッ、ベシッ、ズガッ、ドコッ、ガスッ、バシンッ、ドスッ
ナーによって兵士達に制裁が入った。
お腹の膨らみも何のそのなムーが、まずシャルーアの傍に到着。続いてリュッグが明後日の方向を見ながら歩み寄った。
「シャルーア、その……なんだ……」
「はい? 何でしょうか、リュッグ様?」
「見えてる……上下、両方。服めちゃくちゃ……なってる」
ムーに言われて、ようやく自分の服が乱れ、あられもない恰好になっていた事に気付くシャルーア。
しかし特に照れ恥ずかしがることもなく、突風でめくれたりズレたままになっていた随所の乱れを、のんびりとした様子で着付け直した。
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