第230話 砂漠の農村に陽光は恵む
―――1日目、一つ目の農村ランヤ。
「ええ、今年はやや作物に元気がなく、収量は厳し―――」
「村長ーっ!! 急に畑が、畑が元気にっ!!」
―――1日目、二つ目の農村シュヌ。
「なんと、木々の葉がこんなに若々しく元気に……」
「これならば今年の収穫も安泰じゃな」
―――2日目、三つ目の農村ネトラ。
「ど、どうしたんだお前達?? あれだけ怠けてたのに急に真面目に……」
「なんか」「元気が」「有り余って」「しょうがない」
「それに」「気分が」「すごく」「爽快なんだっ」
―――2日目、四つ目の農村テイン。
「さぁさぁ、早く収穫しちまうよ! でないとダメになっちまう!!」
「どうなってんだい、急にこんなに実つけちまって??!」
―――3日目、五つ目の農村シアネ。
「くっ、これ以上は倉庫に入らんぞ!」
「なんでこんな急に実をつけはじめたんだっ??」
―――4日目、5日目、6日目、7日目……
約1週間かけ、近隣の農村を見回ってきたアーシェーンの報告書を見て、グラヴァースは目を丸くした。
「……凶作必至の状態だった畑が蘇った、例年以上に水不足だった果樹園の木々が活力を取り戻した、怠けていた働き盛りの若者たちが一夜あけると何故か改心、急に作物が実をつけだして1週間以上早い収穫がスタート、倉庫に入り切らないほどの収量が発生……」
1週間で回った農村の数は12か所にも及ぶが、その全てで奇跡のような出来事が発生したというその報告書に目を通し終えたグラヴァースは、軽く目頭を押さえた。
「あー……その、なんだ。アーシェーン、……シャルーアちゃんはどうだった?」
「大人気でした。明らかに―――」
「うん、だろうな。っていうかそれくらいしか思い当たるフシがないか」
そう、例年の見回りと違った点はたった一つ。シャルーアが同行していたことだけ。
原因は彼女しかない。だがあの性格を考えると、積極的に何かやったという事は考えられない。
「……金属製の器具に、触れるだけで故障させてしまう類の人間がいると言うが」
「同行するだけで奇跡を起こしてしまう少女、ですね」
結果的にこの年、シャルーアが食べた食材の補填どころか、例年の数倍の量が軍に納められる事になった。
思わぬ形にはなったものの、改めてシャルーアが ″ 御守り " の一族である事を認識させられる事になり、グラヴァースはリュッグに相談を持ち掛けた。
「王に謁見させるべきか否か、ですか……」
「ええ、軍の要職にある者としては、さすがに “ 御守り ” に関わると思われる人間を、見ないフリをする事は難しいです。かといって今、中央に彼女を向かわせるのは、ルイファーン殿の危惧するところも理解できる」
ヒュクロが功績目当てでシャルーアを王に送る企みをしていたものの、グラヴァースにしても王国の軍人だ。このまま中央に黙っているというのも難しい。
特に今回、農村で奇跡的な出来事を連発させてしまったのは痛い話だった。
「人のウワサはすぐに広まります。シャルーアちゃんの名前が、そのウワサの中に出て来るまで、さほど時間もかからないはずですから」
「……遠からず、いずれ王の耳にも届く、か」
リュッグにしてもかねてより一度は王都に行って、王に “ 御守り ” の一族について聞く必要があると思って、計画を考えてはいた。
だが実際にどうアプローチするのが最善か、その具体的なところはまだ考えあぐねていた。
それにシャルーア自身も、この1ヵ月少々で多少は鍛えられたとはいえ、ようやくお嬢様レベルから一般的な女性レベルに底上げされたかな? という程度だ。
「(さて、どうしたものかな。シャルーアが不自由な身に陥る事態だけは避けたいが……)」
ルイファーンやグラヴァースがシャルーアの身を案じるのは、それだけこの国が、平和を維持するにあたりその “ 御守り ” とやらに頼ってきたからだ。
問答無用で拘束されて幽閉、なんて事になる可能性は低くない。それくらい国のお偉いさん達は、シャルーアの事を知ればワラをも掴む勢いで確保しようとするだろう。
「(いっそ、遠く離れたところへ移動するか? ……いや、それだとグラヴァース殿が責められる事にもなりかねない。それに、こちらとしてもシャルーアの秘められた力の謎は知っておきたい部分だし、……うーん、これは難しいな)」
国家権力に対して同等であるためには、同等クラスの格か取引材料がいる。
だがそんなものは根無し草な傭兵のリュッグには無縁のモノだ。
「(……いや、やはりここは王都から距離を置くしかないか。状況が落ち着くのを待ってから―――)」
「失礼致します、グラヴァース閣下。こちらにリュッグ様はおいででしょうか? お手紙が届いております」
「ん? 俺に……手紙?」
入室してきた兵士が、リュッグに手紙を渡す。
「(俺に手紙なんて珍しいな。傭兵ギルドからってわけでもなさそうだが……)」
考えられるのは、シャルーアの刀の件でマルサマ辺りが出してくるくらいだが、それにしては厳重に封がなされている。
「? 3重の封包みとは、珍しい」
グラヴァースも何やら物々しいその手紙に興味津々だ。
リュッグはとりあえず封を開けていく……が、最後の封の刻印を目にした瞬間、その全身をこわばらせた。
「ん? どうされたリュッグ殿?? ……ふむ、この辺りでは見た事のない印だな……薔薇に……こちらは冠のようだが、リュッグ殿、知っているのか?」
「ローディクス……なぜ、どうして今、ここに??」
驚きと不安。リュッグの表情はその二つの感情で満たされていた。
手紙を持つ両手が動かない。
リュッグは開けて手紙を読むのが、たまらなく恐ろしかった。
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