第223話 動機は恋情なれど危惧は巨大に膨らむ




――――――ジウ=メッジーサ西部。某軍事拠点。


 拠点といっても、小さい見張り小屋のようなものを中心にポツリポツリと駐屯所のていが整えられているだけ。


 この辺り一帯の方面軍を任されている将軍、サーレウ=ジ=マーラゴウグゥの命によって近頃設けられたばかり。


 配備されている兵士も10人と極めて少ない。




「将軍は何でまたこんなところに新しく小拠点の設営を指示したんだ?」

「さぁな……―――ここだけの話だけど、何でもお偉いさんと密かにやり取りするための秘密の連絡場所って噂だ」

「! ……マジ?」

 兵士達からすれば、こんなちっぽけな新設拠点への配属は左遷もいいところだ。


 一番近い村でも5km先。設備は最低限で、見張り小屋も一体何を見張るのかと言うレベルで周囲には何もない場所。


「不自然だからな……こんな場所にさ。実際、何度かどっかから来た手紙を将軍はここで受け取ったらしいぜ」

 拠点に配備されているのは平民出な若兵ばかり。

 ジウ中央からの密命や機密性の高い指令を密かに受け取る場と考えるなら、確かに納得できる。


「……なるほど……じゃあ、割と重要地なんじゃあ?」

「ああ、方面軍ウチ全体に関わるような命令や連絡が密かに中央から出される、なんて事があったらココ宛てで来るってことだからな……少しはやる気も出るだろ?」

「ああ! それになんかちょっとカッコイイよな。トップシークレットを実現するその一部を担う下っ端っていうのもさ……くぅ~」




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「……そうか、兵達の気が引き締まったのならば、ウワサを流した甲斐があったというものだ」

 見張り小屋の地下。マーラゴウグゥは側近の報告にウムと頷く。


「まぁ実際に連絡場所なわけですから、ウワサという名の真実ですけども」

「そう言うなオルトス。真を知るよりはウワサと不確実なところで理解する方が良い。調子に乗りすぎてはバカを成す者も出て来よう」


 側近―――オルトスは静かに頷き、その意見を肯定した。




「それで、届いた手紙は?」

「ええ、こちらに。今回は6通ですね……それとお客・・が来てますが、あちらはいかように持て成せばいいんです?」

 お客という言葉を聞いて、マーラゴウグゥはピクリと耳を揺らした。


「……ふむ、その客は恐らく他国からだ。お前にも多くは言えんが、ファルマズィの件は無論、それ以外においても我がジウは大国ゆえ接する国は多く、その分面倒も多い。水面下で密かにやり取りや情報を収集する必要がある……公には出来ぬ範囲で、な」

 つまりそれは、将軍の側近といえども踏み込んではならない領分ということだ。

 オルトスは察したとばかりに一つ頷いて見せた。



「すまんな。届く情報ややり取り次第では、直で国王に届けねばならぬようなケースも発生しうる。機密の高さはそのまま信頼の証となるゆえ、我が方面軍の将兵達の将来のためにも、お前にも多くは教えてはやれぬのだ」


「分かってますよ。だからこそ前々から何度も、将軍単身でファルマズィに潜入調査に行ったりもしてるんでしょう? 本来なら下っ端の仕事なのに……中央からの密命を帯びて?」

「う、うむ……まぁ、な」

 マーラゴウグゥは少しばかり罪悪感を覚えた。


 何せ本当は、一目惚れした少女の事が忘れられなくて―――なんて不純な動機で他国に潜入しにいったなんて口が裂けても言えない。

 (※「第32話 焦がれる敵国の将」「第37話 妖精の君」「第83話 二人の大漢猛者」辺りを参照)



「……とにかく、そのお客・・を待たせるわけにはいかん。まずそちらから処理してくるゆえ、会見場・・・には誰も立ち入らぬように頼むぞ」

「了解しました将軍、お気をつけて」

 相手が何者かオルトスは知らない。

 だから本当なら護衛に兵士数人を引き連れてついていくべきなのだろう。だが当の将軍自身が、相手が何者か分かっている様子。何より……


「(まぁ1対1なら、将軍が誰かに遅れを取るなんて事はないだろうしな)」

 その強さを理解している。


 相手が複数人ならばともかく1人ならまず心配はいらない。彼は間違いなく、この大国ジウ=メッジーサに数多あまたいる将軍の中でも最強なのだから。









 地下の部屋からさらに隠し通路を200m進んだ先にある地下室。

 そこはさながら応接室のように見事なしつらえが施されていた。

 

「お待たせした、ご使者殿。サーレウ=ジ=マーラゴウグゥだ」

「ヴァヴロナより枢密院長、テルセス=エリ=パルミュラの密命を帯び、参りました……マレッコと申します。お見知りおきを」

 マーラゴウグゥは使者を見て、軽く眉をひそめる。つとめて歓待ムードを取りつつ、椅子に座ることを促しながら問いかけた。


「以前のご使者殿はいかがなされた?」

「テルセス様より、より機密性保持のためにと複数の者がランダムに使者を担当する事となっております。……そして、こちらが今回のお手紙・・・・・・でございます」

「ふむ……」

 受け取った封のなされた手紙を見る。

 外観に問題はないか、途中で開けられたりしてないかを入念にチェックすると、マーラゴウグゥはそのゴツい手で丁寧に封を開け、中の手紙を開いた。


「……なるほど、我が意図するところに疑義をお持ち、か……あちらからすれば当然の事よな」

「追加と致しまして、メッセージも預かっております。“ 誠実をお見せいただきたい ” との事です」

 ここで言う “ 誠実 ” とは、つまり納得いく理由や役に立つ情報などを無条件で教えろ、という意味だ。

 信頼性に疑いがある以上、当然の要求―――ゆえにマーラゴウグゥは、既に用意していた。


「ではこちらを、テルセス枢密院長殿にお渡し願いたい。幾ばくかの手土産と共に我が意の理由を同封している」

 ドンと置かれたのは、やや大きく厚手の箱。手紙の100枚は入り、さらに何かしらの付属品なども同封できそうな大きさだが、何とか懐にしまえる範囲に収まっている。

 しかし見事な装飾がなされており、気合の入り方が単なる手紙とは異なっているソレを前に、マレッコは重要度が一段と増した事を理解して軽く息をのんだ。


「……かしこまりました、このマレッコがしかとお預かり致し、テルセス様にお渡しいたします。他に何か言伝はございますか?」

「ない。ソレに全てを詰めた。……ゆえに、道中なかなか大変であろうが、しかと届けてもらう事、頼み申しますぞマレッコ殿」

 プレッシャーをかけられたマレッコは、背筋に汗が流れた。

 ただでさえ巨漢のマーラゴウグゥ。筋骨隆々の鍛え上げられたその肉体は、腕の一振りで並みの人間は簡単に殺されるであろうパワーに圧倒されながらも、彼は一国の密使としてのプライドを奮い立たせ、気圧されない態度を貫いた。


「……我が名と祖国の名誉にかけて、お預かりいたします」



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 マレッコが帰った後、マーラゴウグゥはそのまま地下室で受け取った手紙を読み返していた。


「(……まさか、はるか北方の皇国ターリクィンまでも一枚噛んでくるとはな。あるいは予想以上に魔物の件は無視できぬ問題となりつつあるのか……)」

 正直な話、ヴァヴロナに持ち掛けた協力はジウ王国の方針に背くものであり、彼の私的な感情によるものだ。

 すなわち妖精の君シャルーアの国に侵略したくない、それだけの事。


 だが北の大国が噛んできたとなると、話は変わってくる。


 元よりファルマズィを中心にこの辺りの国々では魔物の活発化が著しい状況にあった。

 だがそれが北の方にも広く及んでいる影響だった―――動機は不純で些細な願いであったかもしれないが、マーラゴウグゥ個人による他国への働きかけは存外、世界にとっても重要な決断であったのかもしれない。


 そんなうぬ惚れた事を真剣に考えざるを得なくなる……そこまで事が大きくならなければ良いがと願いながら、手紙を焼却して痕跡を消しつつ、巨漢の将軍は部下の待つ部屋へと戻っていった。




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