第222話 北方国家の大物会談




 ジルヴァーグ=ルイ=ローディクス。



 齢70歳。ターリクィン皇国の元宰相にして、皇帝の現相談役。

 名門ローディクス家の当主であり、48も歳離れた若く美しい妻を有する大老公。




 テルセスとてこのヴァヴロナにおいて枢密院長を務め、実質的な国王を担う王妃サリムーンをサポートする一大有力者ではある。

 家柄も、このヴァヴロナのあるドゥーマシュスアル圏内でも有数の名門パルミュラ家の本家当主……決して格は劣らない。


 だがテルセスは一目見て思い知ってしまった。ジルヴァーグと己の真の格の違いを。そして逆立ちしてもこの御仁には叶わない、と理解せざるを得なかった。





「いやはや、我が孫らのお相手をしていただき、誠に感謝いたします。来客ありと知っておりましたなら、もう少し早く帰って参ることもできたのですが……お待たせ致し、申し訳ない」

「なに、先触れもなくの突然の訪問……こちらこそ不躾に押しかけた形となってしまったことを詫びさせてください」

 ジルヴァーグはもう70という高齢。見た目にも口調にも老人のそれではあるが、もし自分が歳を喰って今以上に爺に成り下がったならば、こうありたいと思わせるような、理想的とも言える老齢の男性の容貌と雰囲気を醸していた。


 高齢者の弱々しさを感じさせない、凛とした座り姿。白髪と白い髭はキチンと整え、不潔な感じは一切なく、軽く撫でることで子供らが遊んで乱したところをそれとなく整え直す。

 物腰柔らかそうな、しかして纏うオーラには一大国の重鎮の威が、周囲を萎縮させないようにと内包されているのが分かる。



 果たして自分を客観的に見られた時、彼のようにただならぬ人物に見えるだろうか? テルセスは、ジルヴァーグに対する軽い嫉妬と憧憬の念を覚えた。





「……此度、皇帝の命によりて貴国との外交の良しに参った次第。事前に段取りを1つ挟む必要があったゆえ、貴殿を訪ねさせていただきました」

 ジルヴァーグの言を聞いて、テルセスはピンときた。


 公式の外交であれば、事前連絡を踏まえてから直接国王に会いに行く。だがそうではなく、突如の訪問 + 国王ではなく側近を訪ねるということは―――


「(―――裏打ち・・・案件)」

 いわゆる非公式な外交だ。

 国内外において極力知る者を少なくすることが最大の目的であり、協議内容はトップシークレットか逆に具体的な事が決まっていない相談ごと。


 しかも皇帝の相談役を務めるジルヴァーグ自身が家族を引き連れて国境を越えてきたという意味はかなり大きい。


「(しかし、来たのが外交官ではなく相談役……ならば互いの国家間の外交というよりかはもっと別の、直接的ならずとも間接的に両国にも影響を及ぼしそうな事について、憂慮案件に関する相談ごと……というところが妥当……)」

 言ってもテルセスも一国の重役である。一を聞いて十を知るのは日常茶飯事、当然のことだ。



「なるほど。……案件は “ 南 ” ……でしょうか?」

 するとテルセスの言葉に、ジルヴァーグは僅かに口元を笑ませた。


「ええ、お察しの通りです。先日……我が皇国領内において、魔物の増加は確実との最終報告がまとめられましてな。詳細なる調査によれば、魔物増加の兆しは “ 南 ” の国の “ 御守り ” なる存在に異変が生じた頃に端を発する……と」

 ジルヴァーグの発言から、テルセスは皇国の意図を把握した。


「(読めた! ターリクィン皇国はファルマズィとは隣り合っていない上に、間に複数の国をまたぐ遠方ゆえ、かの国とは直接的な国交がない。ゆえに我がヴァヴロナ経由でファルマズィに関する情報を得る、ないし、我が国を巻き込む形で魔物増加への原因究明と対処に当たる……というところか)」


 それならば皇帝の相談役たる名門ローディクス家の大公が直接、非公式で乗り込んできたのも頷ける。

 大物相手では簡単に断りづらくなるし、しかも非公式ゆえあくまで向こうはまず宥める目的でやってきた―――つまりターリクィン皇国は、今後も同じ議題で継続的に段階踏んでアプローチしてくる気でいる、ということだ。



「ついては、貴国にも昨今の魔物の増加現象に関する協力を願いたいとの皇帝陛下のご意向ゆえ、此度はこのしがない老骨が出しゃばりました」

 そう言ってゆっくりと笑顔を浮かべるジルヴァーグ。邪気のない、なんとも心地よい笑顔だ。


 年を重ね、大人の時代を一周ぐるっと回って再び子供にかえったような、本当に眩しいくらいに理想的な好々爺。

 だがそれに心とらわれているわけにはいかない。



 テルセスもこのヴァヴロナという国家の将来を担う一人だ。冷静かつ現実的に政治を考えなければならない。


「(ファルマズィの件、我が国にしても無視できぬのは間違いない。かの国の “ 御守り ” に問題が生じたことは掴んではいるが、おそらくはターリクィン皇国が掴んでいるレベルと大差なく、詳細がまったく分からぬまま……。近く、ファルマズィに調査団なり外交使節団なりを送らねばとも各大臣達とも相談していたところだ。しかし―――)」

 それだけならばヴァヴロナ1国だけで事足りる。ターリクィン皇国に協力する意味はないし、協力体制を敷いたところで皇国はヴァヴロナに利のある見返りを出せるのか?



 すると、そんなテルセスの思惑を見透かすように、ジルヴァーグが一手打ってきた。


「ヴァヴロナからファルマズィへと調査なり使節なりを送るは、何かと両国間をギクシャクさせかねない刺激となりうるやもしれませぬ。ゆえに我が国からの国交ならびに友好の宜を結ぶ訪問団を、貴国からかの国へと紹介いただく……という形を考えておりまする」

「!」

 ヴァヴロナとファルマズィは昔からの友好国だ。そんな国同士で魔物の増加について問うような調査団や外交使節を送る行為は、我が国を信頼していないのかとうがった見方にとられかねない。

 なのでヴァヴロナも、今日までそうした派遣策は及び腰だった。


 だがあくまでターリクィン皇国との仲介という形でアプローチするなら何の問題もない。その席でそれとなく、魔物増加の現状について話題を出し、やんわりと情報のやり取りをすれば良い。


「(む、待て? ならばあの手紙の件を絡め、色々と回せるやもしれん……)……その話に一つ、我が国……というよりはわたくしめから貴国に対し、お願いがあります。友好使節の橋渡しは大いに結構……ながら、その道中の護衛を貴国からもいくらか拠出していただきたく―――」





 大人達の難しい話の向こうでは、互いのまだ幼い子や孫たちが無垢に遊び、交流を深めている。


 結局、テルセスとジルヴァーグの話し合いは1時間にもおよび、ローディクス家の面々がパルミュラ家を後にして宿に向かったのは、その後の歓迎の夕食会を経た深夜近くとなった。




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