一噛み回る歯車

第221話 ドゥーマシュスアル圏の衝撃




――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール北東にある国、ヴァヴロナ。


「……なるほど、です」

 届けられた手紙を読んだヴァヴロナ国王妃サリムーンは、なんとも言い難い表情を浮かべ、玉座の手すりにもたれかかるようにして姿勢を崩した。


「いかがなされたのですか、サリムーン様?」

「いえ、なかなか面白い手紙が届きまして……これです」

 普段、国王妃が滅多に見せない態度。一体どんな手紙だというのかと軽く緊張しながら、彼―――テルセス=エリ=パルミュラ・・・・・は恭しくソレを受け取り、目を通した。




「……ジウ=メッジーサの若き将軍殿、ですか」

 手紙の内容は要するに、国家としてのジウは、ファルマズィ=ヴァ=ハールへと攻める気満々でいるが、この手紙の差出人自身はその気がなく、困っているから力を貸してほしい、というものだった。


「ええ……テルセス枢密院長、貴方はどう見ますか、この手紙を?」

 内容自体は悪い話ではない。

 ヴァヴロナはファルマズィ=ヴァ=ハール王国とは昔からの友好関係にあるため、これを助けることには何ら異論はない。


 だが問題になるのはこの手紙の真贋と意図だ。


 差出人のジウ=メッジーサの若き将軍―――サーレウ=ジ=マーラゴウグゥといえば、10代にして体格も実力も才能にも恵まれた軍人として、その人材としての評価の高さは、このヴァヴロナにおいても著名かつ、隣国の要注意人物リストの1人にあがっている、ジウ=メッジーサの誇る猛将の1人。


 そんな人物が “ 個人的にやりたくないから ” という理由で密かに助力を求めて来るなど、普通に考えれば罠であると疑って当然だ。


 しかしテルセスは、最近一段と深くなった自らの頬のシワを伸ばそうとするかのようにアゴを撫でると、軽く笑みを浮かべた。



「悪くない話、かと思いますよ。手紙の真贋やマーラゴウグゥ将軍の真意がどこにあるかは別としましても、我が国としてジウ=メッジーサを牽制することそのものは有益―――それに手紙には国境に軍威を見せるだけで良いとあります。事実といたしましても、我が国の軍に攻めさせるような雰囲気を醸すだけで、少なくともジウはファルマズィに戦力の全力投入は出来なくなります、さすれば―――」


「ファルマズィ=ヴァ=ハールにも友好国として義理を見せることにもなる、ですね?」

「はい、その通りでございます、王妃様」

 国王妃サリムーンは30代後半に差し掛かり、その容姿は母親の穏やかさと包容力のある家庭的なタイプで、一見すると政治とは無縁なように見える。


 だが実際はなかなかに察しがよく、丁寧に説明や判断材料を提示すれば、複雑な政治の舵取りも行えてしまう器用さがあった。







―――夕刻、宮殿からの帰路。



 馬車の中でテルセスは安堵感に包まれていた。


「(国王陛下が倒れられた時はさすがに慌てたものだが……なかなかどうして、神はいらっしゃるものだ)」

 ヴァヴロナは今、国王が急病で床に伏してしまい、王妃のサリムーンが代理として国を取りまとめている。

 いくらテルセスをはじめとした側近たちが補佐しているとはいえ、国の旗頭を務めるにはサリムーンには支配者の覇気がなさすぎると、当初はかなり危惧したものだ。


 だが、2人の王子はまだ4歳と2歳でどちらも幼く、サリムーン以上に王の代理に据えるのには厳しく、ヴァヴロナは国として軽く危機を迎えていた。



 しかしふたを開けてみると国王妃サリムーンは、よく代理を務めることができる女性であった。

 彼女を支えての政治体制も軌道に乗り、国王の病状も先ごろ安定して快方に向かい始めた。ヴァヴロナは危機を乗り越え、国としての余裕を取り戻しつつあった。



『申し上げます、テルセス様。お屋敷に馬車が……どうやら来客があるようです』

 御者に言われて、ほう? と軽く窓から顔を出して進行方向をうかがう。


 まだやや遠目な自宅の前、やや脇に寄った場所に、確かに見慣れない馬車が止まっていた。


「(む……あれは皇国ターリクィンのローディクス家の紋?)」

 ローディクス家といえば名門中の名門であり、かの国において今も絶対的な権威と影響力を有している家柄だ。

 何より最近、ヴァヴロナの北方都市シェスキヒルにおいて、そのローディクス家の御婦人より一族の者が世話になっている。テルセスは何事かと少しばかり緊張した。

(※「第85話 お忍びの貴婦人」「第88話 嫋やかなる先輩のコーチング」参照)



「……良い。あちらが脇に寄ってくれているのだ、堂々と前につけよ」

『かしこまりました、テルセス様』





 そしてこの日、テルセスは驚くべき来客を迎える事となる。


 一族の者がお世話になったアンネス=リンド=ローディクス夫人と彼女の子供達、そしてその夫たるターリクィン皇国の老権威であるローディクス卿本人らが、テルセスの孫達を相手にしながら、応接室で待っていた。





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